“機械知能”はAIを超える? トヨタやユニクロも頼るNEXTユニコーン「Mujin」が挑む産業ロボット革命

執筆者:阿部謙一郎 2024年9月20日
エリア: アジア
写真:「最強のロボットベンチャー!NEXTユニコーン“機械知能”のMujin」(テレ東BIZ)より

 人工知能(AI)とは似て非なる「機械知能(マシンインテリジェンス=MI)」で、急成長を続けるスタートアップ企業をご存知だろうか。産業用ロボットの制御ソフト開発を手掛ける「Mujin(ムジン)」だ。今やトヨタグループをはじめ、ユニクロ、花王など日本の最有力企業がMujinの機械知能を導入し、売上高100億円台も視野に入る。

 Mujinが選ばれる理由は、「AIと比べて機械知能の方が数倍以上の性能を発揮するから」(滝野一征 Mujin CEO)だという。日本のものづくりや物流の現場に変革をもたらしている機械知能とはいったい何なのか?

※この取材の様子は、テレ東BIZのオリジナルドキュメンタリー〈最強のロボットベンチャー!NEXTユニコーン“機械知能”のMujin【日経新聞電子版コラボ第3弾】〉でも取り上げた https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/unicorn/vod/post_302172?utm_source=foresight&utm_medium=link2&utm_campaign=unicorn )

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世界をリードする技術でユニコーン企業目前!

 7月上旬、セントレア空港(愛知県常滑市)に隣接する展示会場で開かれた「ロボットテクノロジージャパン」。トヨタ自動車と、その下請けである「ケイレツ」が集積する中部地区は日本のものづくりの中心地とあって、会場内は熱気に満ちていた。中でも、特に人だかりができている一角がまさにMujin のブースだった。

 2011年創業の「Mujin」は、日経新聞の「NEXTユニコーン調査2023」で企業価値1186億円と評価され、上位8位にランクインする。企業価値10億ドル(約1420億円)以上の非公開スタートアップに与えられる称号「ユニコーン企業」まで、あと一歩の位置にいる。

 今やトヨタグループをはじめ、ユニクロ、花王、イオンなど日本の最有力企業がMujinの機械知能を導入し、効率化を実現している。たとえばトヨタグループでは、製造工程間で必要となる搬送作業や、仕分け作業を自動化し、工場内物流の最適化を図っている。ユニクロは、倉庫内でのアパレル商品のピッキングから箱詰めまでの自動化を実現させた。

 人だかりをかき分けて、Mujinのブースに近づくと、中心にあったのは、物流倉庫でよく見かけるアーム型ロボットだった。そのロボットアームが、大きさの異なる箱をピックし、パレットの上に丁寧に積み上げていく。パレットの上に箱がたまると、今度は、「AGV」と呼ばれる、ロボット掃除機の大型版のような搬送ロボットが近くにやってきて、パレットごとキューブ型の保管スペースに運んでいく。

 ただ、これまでAmazonなどの大型自動化倉庫を見た経験もあり、「どこが本当にスゴいのかはよくわからない」というのが率直な感想だった。

 そこで、ロボットアームやAGVの動きを熱心に見学していた男性に声を掛け、「なぜMujinに注目しているのか」と聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。

「これは今まで世の中になかったもの。まさに世界をリードする技術なんですよ」

 実は、この男性、コンベヤ用のモーター内蔵型ローラーで世界シェア5割を握る伊東電機(本社・兵庫県)の伊東徹弥社長だった。物流を支える有力企業の社長がここまで言うことに驚かされた。そして、その伊東社長にロボットの動きなどを説明していた男性こそが、Mujinの滝野一征CEO(39歳)だった。

写真:「最強のロボットベンチャー!NEXTユニコーン“機械知能”のMujin」(テレ東BIZ)より

 滝野は小柄な体格で、関西訛りの少し高い声だ。物腰の柔らかい人物というのが第一印象だが、「Mujinの技術は他と比べてどこが違うのか?」と率直な質問をぶつけると、その口調は一気に力を帯びた。

「まず、Mujinのロボットアームは、形が異なる箱でも、ピックする順番や置く位置をロボットが自分で判断し、パレットの上に積み上げることができます。そして搬送ロボットのAGVは、的確なタイミング、的確な量を判断して保管場所に持っていく。さらに、製品の種類を判断し、あまり使われない長期保管用の製品は奥の方に置くといったことも行う。また、5台あるAGVのうちたとえば2台がトラブルで止まっても、残る3台が動き方を変えて作業を進めることもできる。外から見る人はトラブルが起きていることすら気付かないでしょう。これら全てを制御する“頭脳”そのものがMujinの核となる技術なんです」

 滝野によれば、ハードウェアは他社と共通でも良く、様々なハードウェアを制御するソフトウェアこそがMujinの本質なのだという。そう言われて、ロボットアームをよく見てみると、確かにそれらは、産業用ロボットで知られる大手企業「安川電機」や「ファナック」の製品だった。

 ただ、ハードウェアの部分にも、Mujinのオリジナルに見えるものもあった。ロボットアームの真上に吊されている「3Dビジョンカメラ」だ。

 そして、そのカメラが捉えた映像がコンピューターの画面に立体的に映し出されていた。これは「デジタルツイン」と呼ばれるものだという。

 デジタルツインは、単なるカメラ映像だけではなく、数十ものセンサーによって成り立っている。たとえば「力覚センサー」は運ぶ物体に加わる力を測定し、「光電センサー」は物体の位置や動きを検知する。これらのセンサーから得られるデータも組み合わさることで、物理的な動きや状態を精緻に再現できる。

 Mujinのソフトウエアが、デジタルツインを通じて、製造ライン全体の動作や性能をリアルタイムで把握。トラブルが起きたときは即座に検知し、必要な調整を迅速に行うことができるだけでなく、ロボットの動きを止めなければならない深刻な問題が発生した際には、デジタルツインの記録を遡って原因を正確に特定することもできる。これにより、迅速な復旧が可能になるという。

 ロボットがMujinのソフトウェアによって、自分で状況を判断して動いていることを聞くと、これこそ「人工知能」だと思うのだが、滝野は、即座にそれを否定した。

「僕らは『機械知能』と呼んでいます。人工知能が目指す最高峰は人間ですが、機械知能はそうじゃない。物流や工場の現場では、人間の数十倍もの能力を発揮するのが、機械知能のすごいところなんです」

 人間の知能や認知能力を模倣し、人間と同じように考え、判断し、学習できることを目指すものが人工知能だとすると、機械知能はもともと目指す到達点が違うのだという。

工場に人工知能の「不安定性」は許されない

 機械知能とは何か、さらに理解を深めるため、東京・江東区にあるMujinの本社を訪ねた。再会した滝野がさっそく案内してくれたのは、Mujinの心臓部だ。滝野がその部屋の扉を開けると、真剣な表情でパソコン画面に向かい合う人たちの姿が現れた。

「ここが機械知能の開発を行っているエンジニアたちの部屋です。スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学や、日本では東大など、世界でも一流の大学の出身者ばかりです」

 Mujinは機械知能の開発にあたり、エンジニアたちのリモートワークを許可していない。全てのエンジニアたちが、この部屋に集まり、各分野のリーダーたちのもと1日中、システムの改良に向けた格闘を続けている。リモートを許さない背景には、機密事項が漏れることを避ける狙いがあるのだろう。

 昼時の社員食堂には、多様な国籍の社員たちが集まっていた。ビュッフェ形式の料理には、ハラル(イスラム教の戒律に添ったメニュー)対応、ベジタリアン対応といったものもある。

「ミシュラン星付きのレストランのシェフをスカウトし、社員にはすべて無償で提供している」(滝野)という。

 世界中から集まった優秀なエンジニアたちを束ねる人物が、本社内にあるロボットのデモスペースにいた。Mujinの最高技術責任者(CTO)デアンコウ・ロセン(40歳)だ。

写真:「最強のロボットベンチャー!NEXTユニコーン“機械知能”のMujin」(テレ東BIZ)より

 実は、ロセンこそが機械知能の生みの親であり、滝野とともにMujinを立ち上げた共同創業者でもある。世界最先端のAI研究で知られるカーネギーメロン大学ロボティクス研究所出身のロセンは、ここで自動運転の技術に使われる「モーションプランニング」を研究し、在学時から世界的に知られる研究者となった。

 なかなかメディアの取材を受けないロセンだが、今回、滝野と2人で、久しぶりにインタビューに応じてくれることになった(NEXTユニコーン「Mujin」【モーサテシリーズ特集 未公開インタビュー】https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/nms/vod/post_302021?utm_source=foresight&utm_medium=link3&utm_campaign=unicorn )。

Q「人工知能」をうたうライバル企業もあると思うが、それらの企業の技術と、Mujinの「機械知能」とは何が違うのか?

ロセン「(人工知能に)完全にデータを投げて、ロボットの神様に祈って『これができますように』という機械学習のやり方があるが、それはあまり実績を出していない。(Mujinの機械知能は)周りの環境を把握していれば、工場内の様々な状況に応じてロボットが正確に反応する。そこが一番の違いだと思っています」

滝野「Mujinの機械知能は、ディープラーニングのようにめちゃくちゃデータを読み込ませてインテリジェンスを生み出すのではなく、工場内のしっかりしたデータを基にしている(ソフトの用途は限定されるが安定する)。機械知能は、従来の一般的なプログラミングと、人工知能の中間にあるとも言えます」

 ロセンと滝野が強調したのは、機械学習(主にディープラーニング)をベースに開発された人工知能の「不安定性」だ。

写真:「最強のロボットベンチャー!NEXTユニコーン“機械知能”のMujin」(テレ東BIZ)より

 彼らの言う「不安定性」は、たとえばChatGPTのような生成AIを使ったことがあれば理解できる。様々な質問に対して驚くほど素晴らしい回答をしてくれる一方で、たまに、明らかに事実でない内容が含まれている。

滝野「僕たちのシステムが入っているような工場は、人工知能のように『失敗から学びます』ということが許される現場ではありません。たとえば自動車部品の生産が半日止まる、1日止まるとなったらすさまじいダメージになるわけですから」

 また、2人によれば、ディープラーニングをベースにした人工知能は、「機械知能」に比べて状況判断に時間がかかるうえ、その成り立ちの特性上、ある判断がなぜ下されたのか、その理由をユーザー自身が知ることができない、という問題も生じるという。

ロセン「我々の機械知能は、デジタルツインに基づいてロボットを動かします。だから、何か問題が起きれば、原因をすぐに突き止められる。その部分も人工知能との大きな違いです」

Mujinに入っている「ものづくり」のDNA

 Mujinの機械知能には、日本が得意としてきた「ものづくり」で得た職人たちの知恵が組み込まれていることも彼らが強調した点の1つだ。

ロセン「アメリカには人工知能をはじめ、高度な技術アイデアが山ほどあります。でも欠けているのは製品をつくる力なんです。だからこそ、世界で一番難しいと言われる日本の現場に伺い、そこでのノウハウを機械知能に入れ込んで、世界中で応用しようとしています」

滝野「生産の自動化というのは、職人さんたちがやっていることをデジタライズするということです。日本の職人さんたちが培った世界一の技術をデジタルデータとして残し、それを(機械知能として)世界中に広めるというのは悪くない道筋だと思っています」

 Mujinの最大の強みは、実は創業以来13年以上にわたって日本の様々な現場を訪ね歩き、職人たちの知恵をデジタルデータに置き換えてきたことにあるという。

滝野「現場でロセンらエンジニアたちが一つ一つの事例を見て、プログラムやアルゴリズムをどんどん入れて、それでようやく機械知能が出来上がっています。やっぱりデータとアルゴリズムだけあれば簡単にできる世界ではなく、『時間と経験』がどうしても必要になる。Mujinは、その点において競合他社を圧倒しています」
写真:「最強のロボットベンチャー!NEXTユニコーン“機械知能”のMujin」(テレ東BIZ)より

 泥臭い日々の積み重ねが、Mujinの機械知能の根幹を成しているのだという。

 とはいえ、ディープラーニングをベースにした人工知能の進化は著しく、ライバル企業の中には、滝野の言うことを否定する向きがないわけではない。滝野自身、何度となく、「なぜ人工知能をもっと使わないのか?」という質問を受けてきたという。

 人工知能を前面に打ち出すライバル企業が、続々と登場する中、日本のものづくり現場に通いつめ、多くのノウハウをソフトウェアに組み込んだというMujinの「機械知能」はこの先も快進撃を続けられるのか。「人工知能 vs. 機械知能」の勝敗は、少なくとも数年後にはハッキリと見えているのではないだろうか。 (敬称略)

テレ東BIZ「NEXTユニコーン」コラボ企画

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
阿部謙一郎(あべけんいちろう) テレビ東京報道局プロデューサー 1972年生まれ。産経新聞社会部を経て、2007年からテレビ東京報道局勤務。WBS、ガイアの夜明け、カンブリア宮殿の3番組を中心に担当し、現在はカンブリア宮殿プロデューサー。同時に、有望スタートアップに焦点を当てたドキュメンタリー「NEXTユニコーン」(テレ東BIZで配信中)の企画・演出・プロデューサーを務めるなど、スタートアップ界隈の取材に力を入れている。
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