10月26日にイスラエルが実施した対イラン攻撃は、懸念された核施設や石油施設攻撃を控え、軍事施設に限られた抑制された作戦だった。イスラエルは直前にイランに攻撃を通告もしたし、イランも被害は限定的だとして即時報復を見送る構えだ。ジョー・バイデン米政権は、ガザ戦争の開始以来機能しなかった中東への説得がようやく実を結んだ、と胸を張る。だが、防空システムを破壊されたイランは抑止力の再構築のために核兵器開発に踏み出す公算が強まる。軍事大国イスラエルの力の信仰、追い詰められるイランの焦り、そして力を失い中東に無関心となる米国――という新トライアングルは次の危機を誘発する。
反撃に時間がかかった理由
イスラエルによる報復攻撃は準備に時間がかかった。9月末にイスラエルがイランの支援を受けるヒズボラの指導者であるハッサン・ナスララ師を殺害した後、イランは間髪を容れずに10月1日に約180発のミサイルでイスラエルを攻撃した。だが、それから1カ月近く、イスラエルは4つの標的候補のうちどこを攻撃対象とするかの決定に時間をかけた。
4つの標的とは、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師ら指導層、兵器化を進めているとイスラエルが疑う核施設、イラン財政の源である石油施設、そして軍事施設である。
イスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフは「イランが解放される日は近い」と述べて、イラン国民に向けて政権交代を予感させる野心的な発言をした。イスラエルはポケベルなどの通信機器を使いレバノンのヒズボラ戦闘員を多数殺害、ナスララに続いてハマス最高指導者のヤヒヤ・シンワールも殺害した。イスラエルは関与を認めていないが、7月末には前最高指導者であるイスマイル・ハニヤが訪問中のテヘランで爆殺されている。こういったイスラエルの特殊作戦能力をもってすれば、イラン指導層の暗殺も可能だろうが、それはイランに対する宣戦布告となるから、さすがにはばかられる。
核施設や石油施設への攻撃は米国が反対した。核施設攻撃はイランの核計画が発覚した20年以上前からイスラエルが構想していたが、イランは地中深くに施設を移しており、完全破壊は難しい。石油施設攻撃は油価を高騰させて世界経済を麻痺させるというのが理由だ。欧米とパイプを持つイラン外相のアッバス・アラグチもアラブ各国を訪問し「石油施設攻撃は絶対に駄目だ」と警告していた。
攻撃のタイミングも考慮された。11月5日には米大統領選がある。攻撃には米国の了解と協力が必要だ。ネタニヤフからすれば、イスラエルを支持し連絡を取り合ってきたバイデンが全権を握るうちに攻撃するのは当然だろう。結局イランの軍事基地への攻撃という最も軽い攻撃となった。バイデンは満足したのか「これで終わると期待している」と胸を張った。
なぜネタニヤフは逆らわなかったのか
ガザ戦争の開始以来、ネタニヤフは市民の犠牲回避、人道援助、停戦などバイデンのあらゆる要請を無視した。今年9月以降のヒズボラへの本格的な攻撃開始・レバノン侵攻でもそうだ。なぜ、イランに対してはバイデンの意向に沿った攻撃に収めたのだろう。3つの理由がある。
一つは軍事的合理性だ。ガザとレバノンという2つの戦争を抱えるネタニヤフがさらに大きな戦争であるイランとの戦争を避けるのは必然であろう。シンワールとナスララを殺害し、ハマスとヒズボラを弱体化させたネタニヤフは支持率を回復し、久しぶりに権力を安定させている。ハマスのテロ攻撃で不意打ちされたという汚点は消せないが、その後の自らの戦争指揮に満足しているはずだ。これ以上賭けに出る必要はない。
「イラン・ファースト」という本音
次に、イランの本音だ。イランはいわゆる代理勢力とするヒズボラ、ハマス、イエメンのフーシ派、さらにはイラクのシーア派武装勢力を束ねてイスラエルと米国に対する「抵抗の枢軸」の司令役を自認する。だが兵器や財政支援こそ続けるが、直接の軍事衝突は避けてきた。
2023年8月に来日したホセイン・アミールアブドラヒアン外相(2024年5月、大統領らとともにヘリコプター事故で死亡)に、イスラエルに対する軍事行動をとらないのはなぜかと聞いてみた。
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