2026年4月のハンガリー総選挙まで半年を切った。22年4月の前回選挙では、野党は統一候補を擁立して、オルバーン・ヴィクトル首相率いる与党フィデスに挑んだが、勝利には至らなかった。今回は、マジャル・ペーテル党首が率いる新興保守政党ティサが単独でオルバーン首相に挑む構図となりそうだ。ティサ党は昨年初めから6月の欧州議会選挙にかけて急速に支持を伸ばし、その後も党勢の拡大を続けてきた。昨年末ごろからの多くの世論調査で、ティサ党は一貫してフィデスを上回る支持を獲得している。
しかし、新興政党が長期間にわたり高い支持を維持することは容易ではない。マジャルが当時活動停止状態にあったティサ党を引き継いでから1年半以上が経つ中で、ティサ党はどの程度強固な支持を得ているのだろうか。選挙前にティサ党の勢いが衰える可能性はあるのだろうか。それともティサ党が現在の支持を拡大もしくは保ち続け、2010年以来15年にわたり政権を維持し、強権化を進めてきたオルバーン政権が、ついに下野することになるのだろうか。
結論を先取りして言えば、現状はどちらの可能性も否定できない。政治的な争点の創出においてティサ党が依然として優位に立っているのは事実だが、フィデスも多様な手段で巻き返しを図っている。さらに、仮にナラティブで劣勢に立たされたとしても、フィデスは長年の統治を通じてメディアへの影響力において圧倒的な優位性を築いており、その影響力を軽視することはできない。こうした状況を踏まえ、本稿では与党を率いるオルバーンとティサ党のマジャル、双方の言動やそれらを取り巻く制度的な環境について分析し、来年の選挙戦に向けたそれぞれの課題を明らかにすることとしたい。
マジャル党首への「いいね」は頭打ち
ティサ党は、昨年2月に発覚した児童性的虐待関連の恩赦をめぐる与党スキャンダルに対する国民の強い反発を契機に、「反オルバーン票」の受け皿となり、急速な党勢拡大を遂げた。欧州議会選挙ではフィデスや他の野党が議席を減らす中、ティサ党だけが大きく議席を伸ばす「一人勝ち」となった1。
その後もティサ党は地方都市や農村部を巻き込んだ政治キャンペーン、さらにはSNSを駆使した「空中戦」において、フィデスを模倣しながらも新規支持層を開拓してきた。これによって、これまで野党が成し遂げられなかったフィデスと同じ土俵で戦うことを実現し、拡大を続けてきた2。
さらには、病院の設備投資や汚職など有権者にとってなじみのある政策を取り上げる一方で、ロシア・ウクライナ戦争など政権が仕掛けた争点もしくはLGBTQなどの国内の議論が割れている政策については明言を避けるか論点を転換することで、アジェンダを政権に握られることなくコントロールしてきた3。
このようにティサ党がオルバーン政権のナラティブに飲み込まれていないことは、それ自体で特筆に値する。これまで同政権は、まずは国営、次に保守系、最後に独立系と段階的にメディアの自由を制限してきた4。実際、前回の選挙では「ロシア・ウクライナ戦争に巻き込もうとする野党」と「平和を追求する与党」という「戦争か平和か」のナラティブが与党から野党に押し付けられ、野党は対抗軸を提示できなかった5。そうした経緯を踏まえれば、自党の存在感を保ち続けることは容易ではない。マジャルの天性によるものか、あるいは過去の教訓を学んだ成果であるかは定かでないが、権威主義化が進むハンガリーにおいて、約1年間もの間、野党がナラティブを優位に構築し続けているのは、極めて例外的な事態である。
とはいえ、ここ半年に限ってみれば、マジャルが率いるティサ党の勢いは足踏みをしているように映る。世論調査ではティサ党への支持率が横ばいとなるケースも出てきた。例えば、レプブリコン研究所の8月の調査によれば、誤差の範囲内ではあるが、ティサ党への支持率が30%(増減なし)、フィデスへの支持率が26%(+1%)となり、先月の調査と比べて支持率の差が縮んだとの結果が出ている6。
SNSの数字も同様である。今年春から夏にかけてのマジャル党首によるFacebook投稿の「いいね」数は、依然としてオルバーン首相の投稿を上回ることが多かったものの、最盛期には最低でも1万件を超えていた「いいね」が、夏頃の投稿では1万件程度にとどまる投稿も少なくなかった。昨年から今年初めにかけての盛り上がりと比べれば、ピークアウトしている印象は否めない。7月からマジャル党首は再度全国ツアーを行っているが、公立病院の惨状やオルバーン政権の汚職をアピールすることで支持率を急上昇させた前回と比べるとやや盛り上がりに欠けているようにみえる。
与党が繰り返すメッセージングと敵対戦術
対して、与党フィデスはSNSでの露出や組織力の強化を通じて巻き返しを試みているが、こちらも十分な成果を得ているとは言い難い。昨年まで、オルバーン首相をはじめとした与党の主要政治家のメディア出演は、年次演説や政府系メディアの週次ポッドキャスト出演などを除けば、それぞれ数件程度にとどまっていた。ところが今年に入ってから夏にかけて、オルバーン首相は約10件、オルバーン・バラージュ首相補佐官(政治担当)も7件前後のインタビューに応じるなど、露出を急速に拡大している。また、出演先についても、国内の国営・保守系メディア7にとどまらず、YouTubeチャンネル8やスイスの有力紙NZZ9をはじめとする国際メディアに広がりを見せている。こうした場を通じて、彼らはマジャル党首への個人攻撃に加え、反EU(欧州連合)・反移民・反LGBTQといった自らの姿勢を裏返してティサ党に無理やり結び付け、「ティサ党はブリュッセルの傀儡だ」と主張するなど、同党への批判を強めている10。
また、SNSでの影響力拡大を狙い、5月には「デジタル戦士」を組織して集中的なキャンペーンを行うための「ファイト・クラブ」が設立され、9月初めにはオルバーン首相のFacebookにメッセージを送るとチャットボットが自動返信する仕組みも導入された11。これまでオルバーン政権が築き上げてきた自身に有利なメディア環境をさらに強化するための試みと言えよう。
しかし、こうした試みも大きな支持率上昇には結び付いておらず、ここ数年の生活コスト高騰による国民の困窮への不満12、そして腐敗を通じてオルバーン首相の家族や側近が巨額の富を蓄えているのではないかという疑惑13を覆い隠すほどの効果を発揮するには至っていない。物価高や汚職への不満が支持率低迷の主因であることは言うまでもないが、政府の発するメッセージ自体も、かつてほど有権者に響いていないように見える。なぜだろうか。
第一の理由は、ロシア・ウクライナ戦争が長期化する中で、フィデスが新しいナラティブを十分に構築できていないからであろう。オルバーン政権は、2010年に政権を樹立してから「国内外の『敵』と戦い、ハンガリー国民を守る」というナラティブを多用してきた。EU(ブリュッセルの官僚機構および欧州委員会)、ハンガリー系ユダヤ人の富豪であるジョージ・ソロスと彼が設立したNGOや大学、LGBTQ、移民などをオルバーンは「敵」とみなし、ネガティブキャンペーンを繰り広げるのみならず、様々な制約を加えようとしてきた14。
しかし、これらのナラティブは、物価上昇をはじめとして国民が身近で感じている目の前の問題に十分に答えるものとはなり得ていないのではないか。ロシアがウクライナに対する全面侵攻を始めて以降、オルバーン政権は「戦争か平和か」ナラティブを使い続けているが、侵攻からすでに3年半以上が経過しており新鮮味には欠ける。また、ここ1年ほどの間に、オルバーン政権はティサ党に加え、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナルのハンガリー支部(TI HU)や調査報道で知られる独立系メディアÁtlátszóにも「攻撃」を行った。だが、TI HUは従業員10名前後の小規模組織にすぎず、国民的知名度も高くない。こうした組織を狙い撃ちすることは、果たして国民の不満解消につながったのだろうか。オルバーン政権への支持率の伸び悩みは、同政権の手法の限界を映し出しているようにみえる。
第二に、フィデスの戦術が「敵を作り否定する」ことそのものに偏り、手段が目的化してしまっている点であろう。ティサ党やEU、その他の政敵を繰り返し攻撃することで短期的には支持層を結束させることができても、長期的なビジョンを示せなければ、有権者の飽きにつながってしまう。これに対して、ティサ党は汚職対策やEUとの関係改善をはじめとして、曖昧な部分が多いながらも、フィデスと比べると具体的なビジョンを示しており、8月には、選挙公約を発表してこなかったフィデスとは異なり10の公約を発表した(表1)。その結果、フィデスの手法の古さとティサ党の新鮮さが対比されうる状況が生まれている。
こうした状況に責任をとるかたちで、7月にはフィデスの広報責任者であったジュルク・アンドラーシュが辞任し、現在は首相府補佐官のオルバーン・バラージュが陣頭に立っている15。しかし、彼は従来から政権の中枢にいた人物であり、抜本的な改革となる可能性は低い。
どちらが「既存の手法の延長」を超えられるか
選挙戦はいよいよ熱を帯びてきた。9月7日にはオルバーン首相がバラトン湖畔のケッチェ村で党員向けの演説に立ち、例年の非公開形式を改め一般にも公開。次回選挙に向けて、野党が国民の意向に反して「ブリュッセル・戦争・移民」路線をとっていると主張し、与党による「平和・主権・家族支援」路線への引き続きの支援を求めた。あわせてティサ党が政権を握れば増税に踏み切ると断じ(ティサ党はこれを否定)、国民協議アンケートを実施する意向を示した。
また、欧州難民危機から10年の節目にあわせ、オルバーン政権は自らの移民政策を国内外に誇示し、与党の政権担当能力を強調するため、SNS上で大規模なキャンペーンを展開した。オルバーン首相をはじめ主要政治家や政府系シンクタンクが、潤沢な資金を活用して大量の動画や投稿を発信するとともに、それを政府の影響下にある保守系メディアやかつては独立系だった媒体が積極的に取り上げた。加えて、「デジタル市民サークル」(DPK)を立ち上げ、9月20日には初の大規模集会を実施するなど、オンライン上でのさらなる影響力強化とコミュニティ形成を図っている17。
外交でのアピールも欠かさない。11月7日には米国のドナルド・トランプ大統領とオルバーン首相とのホワイトハウスでの会談が実現した。トランプ大統領は9月頃から、欧州各国に対しロシアからのエネルギー輸入を停止するよう求め、ロシアからのエネルギー輸入を継続する企業に対しては制裁を科す姿勢を示していた。これに対し、オルバーン首相は会談を通じて制裁の適用除外を求め、認めさせた。その適用除外が「全面的かつ無制限」であるのか、あるいは「1年の期限付き」であるのかについては解釈が分かれているが、いずれにしても会談を実現し、オルバーン政権の要望を一定程度反映させた意義は小さくない。また、近隣国ポーランドよりは会談の実現までに時間を要したものの、第一次オルバーン政権時よりは早くトランプ政権との首脳会談を実現することができたことも重要な点であろう(第一次政権では実現までに約2年半の期間を要した)。この会談を受けて、国営・保守系メディアは軒並みオルバーン政権の成果を強調する論陣を張った。但し、こうした外交面におけるアピールや成果が政権の国内での支持にどの程度つながるかは未知数だ。本稿で論じた通り、ハンガリー国内における現在の主要な政治争点の多くは国内問題であり、外交に対する関心は必ずしも高くはないからである。
他方、ティサも党勢拡大に向けた活動を精力的に実施している。9月7日にオルバーン首相がケッチェ村で演説を行った際、ティサもこれに対抗し、マジャル党首がオルバーン首相と同日に同じ村で集会を開き、新たに観光の専門家や、元銀行家でかつてオルバーン政権に仕えた人物の参画を発表した。演説では、ジュルチャーニ・フェレンツ元首相からオルバーン首相の時代までを通じてハンガリーは「敗者になった」と論じ、既存の政治を厳しく批判した。その2日後には、ハンガリーの国内政党として初めてとなる公式アプリを公開18。地元支部(ティサ・アイランド)の活動やイベント参加についての周知を効率的に行い、アクティビティをユーザーに促すことでエンゲージメントの強化を狙っている。
また、マジャル党首は1956年ハンガリー革命記念日である10月23日にも支持者向けの演説を行い、社会主義からの体制転換になぞらえてオルバーン政権からの「体制転換」を訴えた。なお、同日にはオルバーン首相も演説を行ったが、彼の演説は従来通りEUおよび野党批判を中心に据えたものであり、「ブリュッセル」「戦争」「ウクライナ」への言及が相次ぐ一方で、「ソビエト」への言及はわずか一度のみであった。
とはいえ、こうした動きはいずれも既存の手法の延長にとどまっており、直ちに情勢を一変させる力を持つとは言い難い。次回総選挙に向けてハンガリー政治を読み解く鍵は、政治学者トゥルク・ガーボルが8月に指摘したように、与野党双方の力を過小評価しないという点にあるのだろう19。ティサ党への支持は一定のピークを迎えたように映るが、全国遊説やSNSでの活動を通じて有権者との結び付きを強化し続けている。他方、フィデスは同じようなナラティブを繰り返し、その効果には陰りも見えるが、依然としてメディアを動員し、支持層に影響を与える環境を保持している。つまり、ティサ党が例外的にアジェンダ・コントロールに成功している事実は否定できないが、オルバーン政権がこれまで築き上げてきた自党に有利なメディア環境の影響力も依然侮れない。今後、どちらがこのせめぎ合いを打破できるかが、来年4月の総選挙の帰趨を決めることになろう。
1 石川雄介「『マジャル現象』は保守をもって保守を制するか:オルバーン政権のスキャンダルと保守新党台頭の行方(選挙結果の寸評)」(地経学研究所、2024年6月11日)https://instituteofgeoeconomics.org/research/2024060658037/
2 下記の選挙イヤーに関する論考もあわせて参照されたい。石川雄介「選挙イヤーが映した変化と継続性: SNSでの『空中戦』と交錯する現場での『地上戦』」(地経学ブリーフィング、2025年1月8日)
3 石川雄介「強権化進むEUの『異端児』ハンガリーに変化の兆し」(朝日新聞、2025年6月11日)
https://digital.asahi.com/articles/AST6B440KT6BUCVL02PM.html
4 石川雄介「第1章 ハンガリー:メディアへの影響力強化と偽情報」、石川雄介・ディクソン藤田茉里奈・貝塚沙良(2024)『偽情報と民主主義:連動する危機と罠(地経学研究レポート No.2)』、地経学研究所、2024年11月20日。
5 “Hungary 2022 - Campaign Finale: Warmongers vs. Peace-lovers,” Political Capital, April 1, 2022.
https://politicalcapital.hu/news.php?article_read=1&article_id=2988
6 Kovács Pál. “Minimálisan csökkent a Fidesz hátránya a Tiszához képest a Republikon felmérése szerint,” Telex, September 1, 2025, https://telex.hu/belfold/2025/09/01/republikon-partpreferencia-kozvelemeny-kutatas-augusztus
7 例えば下記を参照。”Orbán Viktor a Mandinernek: Ami a magyaroknak fontos, ki fogom harcolni minden alkalommal,” Mandiner, February 16, 2025. https://mandiner.hu/belfold/2025/02/orban-viktor-a-mandinernek-ami-a-magyaroknak-fontos-ki-fogom-harcolni-minden-alkalommal
8 例えば下記を参照。https://www.youtube.com/watch?v=BOyeZ1q7F7g
9 Meret Baumann and Ivo Mijnssen, “«Wir waren das schwarze Schaf des Westens. Nun zeigt sich: Wir sind die Zukunft», sagt Viktor Orban,” NZZ, February 3, 2025.
10 ”PM Orbán: Brussels and Ukraine are assembling a puppet government,” About Hungary, May 19, 2025. https://abouthungary.hu/news-in-brief/pm-orban-brussels-and-ukraine-are-assembling-a-puppet-government
11 “Százezer hazáját szerető, digitális szabadságharcossal fogjuk megvívni a '26-os választásokat,” HVG, May 18, 2025, https://hvg.hu/itthon/20250518_Harcosok-Klubja-alakulo-gyules-orban-menczer-szentkiralyi-ebx; ”Már Messengeren is lehet üzenni Orbán Viktornak, kipróbáltuk, és egyből kaptunk is választ,” HVG, September 2, 2025, https://hvg.hu/itthon/20250902_Mar-messengeren-is-lehet-uzenni-Orban-Viktornak
12 Ilona Gizińska. ”The year of Péter Magyar: great expectations, great challenges.” Centre for Eastern Studies (OSW). June 5, 2025. https://www.osw.waw.pl/en/publikacje/osw-commentary/2025-06-05/year-peter-magyar-great-expectations-great-challenges
13 8月には、オルバーン首相の出身地に近いハトヴァンプスタという街で建築が進められているオルバーン家の御殿の様子が無所属のハドハーズィ・アーコシュ議員により撮影・公開され、腐敗の象徴だとして話題になった。https://www.facebook.com/share/v/18L2HdYWXu/
14 Robert Sata, “Performing Crisis to Create Your Enemy: Europe vs the EU in Hungarian Populist Discourse,” Frontiers in Political Science 5 (May 18, 2023). https://doi.org/10.3389/fpos.2023.1032470
15 Rényi Pál Dániel, “Orbán Balázs vezetheti Orbán Viktor választási kampányát,” 444.hu, August 26, 2025. https://444.hu/2025/08/26/orban-balazs-vezetheti-orban-viktor-valasztasi-kampanyat
16 マジャル・ペーテルのFacebookより抜粋。https://www.facebook.com/watch/?v=652246047337671
17 Cseke Balázs. “A Fidesz már nem is akar titkot csinálni abból, hogy korlátlan pénzből kampányolnak,”Telex, September 21, 2025. https://telex.hu/belfold/2025/09/21/digitalis-polgati-kor-papp-laszlo-arena-kampany-eroforras-kulonbseg-fidesz-tisza
18 Presinszky Judit. “Mémgyártásért, egy falu örökbefogadásáért, de a nagyszülők meggyőzéséért is pont jár Magyar Péterék új applikációjában,”Telex, September 10, 2025. https://telex.hu/belfold/2025/09/10/tisza-vilag-applikacio-tisza-part-magyar-peter-kihivasok-feladatok-pontok
19 Kerner Zsolt, “Török Gábor: Kölcsönösen alábecsülik egymást a Fideszből és a Tiszából,” 24.hu, August 6, 2025. https://24.hu/belfold/2025/08/06/torok-gabor-tisza-fidesz/