「戦略的自律」が進む中東:BRICS拡大と「インド・中東・欧州経済回廊」で示したグローバル・プレイヤーとしての存在感

執筆者:村上拓哉 2023年9月20日
エリア: アジア 中東
湾岸諸国は世界最大の在外インド人コミュニティを擁している[IMEC構想を発表した(左から右へ)ムハンマド・サウジ皇太子、モディ印首相、バイデン米大統領ら=2023年9月9日、インド・ニューデリー](C)AFP=時事
新規加盟6カ国中4カ国が中東地域から選ばれたBRICS首脳会合から2週間後、G20のサイドラインでバイデン米大統領が「a real big deal」と自賛する多国間経済協力「インド・中東・欧州経済回廊=IMEC」が打ち出された。非欧米的な国際秩序創出の動きと欧米が互いに向こうを張る出来事の陰の主役は中東だ。その戦略的自律とミドルパワー外交の綾を読み解くことが、「グローバル・サウス」を理解する鍵となる。

 欧米中心の国際秩序が揺らぎを見せる中、秩序形成の主導権を握るためにはグローバル・サウス諸国からの支持を得ることが今後ますます重要になってくるのは衆目の一致するところであろう。そのような中、8月下旬のBRICS首脳会合、そして9月上旬のG20の場において、中東諸国を取り込もうとする動きがそれぞれで顕在化したことは、現下の地政学情勢における中東の位置づけを理解する上で興味深いものとなった。

BRICS拡大に23カ国から関心表明

 8月22~24日に南アフリカで開催されたBRICS首脳会合において、2024年1月から新たに6カ国――アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)――の加盟を正式に認めることが発表された。BRICS拡大は昨年から話題を呼んでおり、今回の首脳会合で拡大が実現したことに大きなサプライズはない。しかし、新たに加盟する6カ国のうち、中東地域から4カ国も選ばれたことは多少の驚きをもって受け止められたように思う。

 周知のとおり、ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)、南アフリカ(South Africa)で構成されるBRICSは、2010年に南アフリカが加盟して以来、現在の5カ国体制を続けてきた。しかし、グローバル・サウスの影響力の高まりに合わせて、近年は加盟国の拡大についてBRICS会合の場でも公に論じられるようになってきた。南アフリカのナレディ・パンドール外相の8月7日付の発言によると、「23カ国の首脳から公式にBRICS加盟への関心表明を受けて」おり、その内訳はアルジェリア、アルゼンチン、バングラデシュ、バーレーン、ベラルーシ、ボリビア、キューバ、エジプト、エチオピア、ホンジュラス、インドネシア、イラン、カザフスタン、クウェート、モロッコ、ナイジェリア、パレスチナ、サウジアラビア、セネガル、タイ、UAE、ベネズエラ、ベトナムであったという。

 BRICS拡大をめぐる議論では、欧米諸国と対立する中国とロシアが、欧米中心的な国際秩序を相対化するためのツールとしてBRICSを利用すべく、加盟国拡大に積極的な姿勢を見せているとされてきた。今回BRICS加盟が認められた国々も、中国・ロシアとの関係の近さに焦点が当てられており、伝統的な親米国であったサウジアラビアやUAEも米国との関係がぎくしゃくする場面が増えてきている。

ルラ・ブラジル大統領が説明したイラン選出の「正当性」

 他方で、中露と同じくBRICSの原加盟国であるブラジル、インド、南アフリカは、BRICSが「反米連合」と見なされることを警戒しており、闇雲な拡大には消極的な立場を示してきた。今回の首脳会合においても当初は8月23日に加盟国拡大の決議が採択される予定であったが、直前にインドのナレンドラ・モディ首相が新規加盟への新たな条件として、①国際的な制裁の対象になっていないこと、②1人当たりGDP(国内総生産)の下限、を提案したことにより、23日中の採択は見送られることになったと報じられている。国際的な制裁の対象となっていないという条件は、米国と敵対するイランやベネズエラの加盟を阻止するための提案だと解釈された。しかし、最終的にインドがこの条件を撤回したのかは不明だが、イランは新規加盟国の一つに選ばれている。

 BRICS首脳会合の最終日、ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領は、新規加盟国は「誰が統治しているかではなく国家としての重要性」を基に選ばれており、「イランやその他の国の地政学的な重要性は否定できない」とイラン選出の「正当性」をわざわざ説明した。これはイランの加盟を認めたことに異論が生じ得ることを念頭にした発言であり、BRICS拡大をめぐる解釈がBRICS内でも一様ではないことを示唆している。

 サウジアラビアとUAEの加盟については、イランとは異なり、比較的に早い段階から歓迎する声が内部から上がっていた。両国とも1人当たりGDPがBRICSのいずれの国よりも高く、豊富な資金力があることから、BRICS銀行と呼ばれる新開発銀行(NDB: New Development Bank)への貢献が期待されている。

 上海に本部を置くNDBは設立当初から他国の新規加入を想定しており、原加盟国5カ国の出資比率が55%を下回らないこと、新規参加国1カ国の出資比率が7%を超えないこと等を条件に、BRICS本体に先駆けて新規加盟を認めてきた。2021年にはバングラデシュ、UAE、ウルグアイの加盟が認められ、2022年にはエジプトも加盟が認められている。今年6月のBRICS外相会合ではサウジアラビアのNDB参画が協議されていたことから、サウジとUAE、そしてエジプトの3カ国は他の国々と比べてもBRICS正式加盟に向けてもともと一歩抜きんでた立場にあったと言える。

「一帯一路」を強く意識した「インド・中東・欧州経済回廊」

「BRICS拡大は非欧米的な国際秩序創出の端緒であり、中東諸国を始めとするグローバル・サウスをBRICSに惹き付けることに成功した中国・ロシアは外交的な勝利を収めた」とも評されたわずか2週間後、インドで開かれたG20首脳会議でそれと「真逆」の事態が発生した。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
村上拓哉(むらかみたくや) 中東戦略研究所シニアフェロー。2016年桜美林大学大学院国際学研究科博士後期課程満期退学。在オマーン大使館専門調査員、中東調査会研究員、三菱商事シニアリサーチアナリストなどを経て、2022年より現職。専門は湾岸地域の安全保障・国際関係論。
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