手書きメモ、eメールなども国民の財産だ

執筆者:春名幹男 2012年3月29日
タグ: アメリカ 日本

 少し前、「安全保障の部屋」では、「民間事故調報告……やはり最低の総理だった」という論考が議論になったことがうかがえます。
私が考えるのは、この種の検証調査のあり方です。米同時多発中枢テロの独立調査委員会の時もそうだったのですが、報告書をまとめるに当たっては公聴会が開かれ、そこにさまざまなデータや文書、メモ、レポート、録音テープが提出されます。そして、2大政党を代表する2人の共同委員長をトップとした委員たちの議論をへて最終報告書をまとめる、という形式をとることが普通です。
福島第1原発事故をめぐっては、政府の事故調、国会の事故調、民間事故調の3つが設置されましたが、国会事故調が公開の会議を開いている以外には、一般の人たちが見えないところで調査活動が行なわれてきました。
今の日本のような党派的対立が激しい状況下では、やはり公開の手続きを経る必要があるのではないかと思います。その点を第1に主張したいと思います。
そして第2点は、調査委員会に提出されるデータや文書、メモ、レポート、録音テープの類をすべて公開してほしい、ということです。
NHK社会部が、原子力災害対策本部の議事録について、公開請求したところ、議事録を取っていないことが判明したことは皆さんご存じの通りです。コメントを求められて、私は「国民の財産が失われた」と言いました。
その後、岡田副総理の努力で、「議事概要」というものが3月1日付でまとめられました。これで、少しは議事内容をのぞくことができました。各回の対策本部会議議事概要の末尾に「※本議事概要は各種資料等を元に、2012年3月1日に整備」とあります。秘書や補佐官、いや福山官房副長官のような高官も手書きのメモを残していたことが分かったのです。
こうしたメモは主観を交えて書かれた可能性があり、理解できない場合もあるので、メモの提出を求めるとともに、事故調への出席を求めて証言してもらう必要があります。
何でもアメリカがいいわけではありませんが、米原子力委員会(NRC)はさまざまな記録を残していました。生々しい議論の録音やeメールなど膨大な資料がネット上で公開されています。日本政府が出した資料よりよほど詳しいのです。場合によっては、こうした米側資料も読み解いて、調査報告書を作成するのがよい、と思います。
さて、当時の菅直人首相は「最低の総理」だったのかどうか。議論が残るところです。私は最近、意外な話を聞きました。民間事故調の報告書109ページで、菅首相自身が「電源車」の手配に関与し、「必要なバッテリーの大きさは?・・・」などと電話で担当者に質問したという事実が書かれ、同席者の一人が「首相がそんな細かいことを聞くというのは、国としてどうなのかとぞっとした」というエピソードが紹介されています。
実は、この同席者というのは菅首相の元部下で、政府の官僚が何もしないので、やむなく菅首相が自らそんな細かいことまで関与した、ぞっとした、という意味で民間事故調に対して話したというのです。総理が悪いわけではなく、官僚が悪いという発言だったとすれば、民間事故調の報告書は一方的な理解を招いたことになります。
こうしたニュアンスの相違をなくすことも含め、もっと説得力のある報告書をまとめるためには、多くの各種資料を公開し、適切な方策で調査を行なうことを検討する時が来たと言えるでしょう。

カテゴリ: IT・メディア
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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