中国政府には選べない「賢明なシナリオ」

執筆者:田中明彦 2008年5月号
タグ: 中国 毛沢東 台湾
エリア: アジア

 オリンピックとチベット、この二つが現在の中国におけるナショナリズムの問題を象徴している。オリンピックが象徴する中国は、急成長し発展する中国である。アヘン戦争以来の屈辱の世紀をへて、いまや、世界の舞台の上で、最も華々しいイベントを執り行なえる。開会式には世界各国の元首級の人物がならび、中国におけるオリンピックの開催を祝う。われわれ中国人は、もはや誰にも見下されない。世界をリードすることすらできるだろう。中国ナショナリズムの夢の実現である。 しかし、チベットをめぐる最近の騒乱は、いかに中国に住む人々が心の面で一つのネーションを形成していないかを示してしまった。圧倒的多数を占める漢族の人々と、少数民族すべてとはいわないにしても、すくなくともチベット族の人々との間の心の溝は、深くかつ暗い。チベット問題への中国政府の対応をみて、世界各地で批判が続き、このままでは、オリンピックの開会式に出席する意向を表明していた政治指導者の数は激減するかもしれない。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
田中明彦(たなかあきひこ) 1954年、埼玉県生まれ。東京大学教養学部卒業。マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了(Ph.D. 政治学)。東京大学東洋文化研究所教授、東京大学副学長、国際協力機構(JICA)理事長、政策研究大学院大学学長、三極委員会アジア太平洋地域議長などを経て、2022年4月より再び国際協力機構(JICA)理事長に就任。著書に『新しい「中世」―21世紀の世界システム』(サントリー学芸賞受賞)、『ワード・ポリティクス―グローバリゼーションの中の日本外交』(読売・吉野作造賞)、『アジアのなかの日本』、『ポスト・クライシスの世界―新多極時代を動かすパワー原理』など。
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