【特別対談】元担当記者が語りつくす「北朝鮮」の真実に迫る術(下)

執筆者:城内康伸
執筆者:塚本壮一
2021年3月19日
エリア: アジア
3月3日から開かれた、市・郡党責任書記講習会で指導する金正恩総書記(中央)。その左には大抜擢された趙甬元氏が座る(『労働新聞』HPより)

 

長年にわたって浮いては消える「北朝鮮崩壊説」だが、盤石な体制の裏には巧みな人事と優秀な人材の豊富さがある、と城内康伸さん、塚本壮一さんは言う。そして話題は核問題へ――元担当記者による白熱の対談、最終回!

塚本壮一:前回、金正恩の治世はよほどのことがない限り大丈夫だというお話がありましたが、その“よほどのこと”が起きるとしたら、どんなことになりそうですか。

組織的なクーデターは無理?

城内康伸:どうなんでしょうね。ただ、塚本さんが朴正熙(パク・チョンヒ)暗殺(1979年)のようなハプニングもあり得ると言われていますけど、ひょっとしたらそういうこともあるかもしれない。側近による至近距離からの暗殺です。日本でも公開している韓国映画『KCIA 南山の部長たち』みたいなことがあるかもしれない。

塚本:そういうハプニングがない限り、何となくこのままいくんでしょうね。

城内:北朝鮮で組織的なクーデターを起こすというのはおそらく無理でしょう。そうすると、本当に彼の身近にいる人間がやるしかない、という感じですね。可能性は極めて低いとは思いますが。

城内康伸さんの著書

塚本:本(城内康伸『金正恩の機密ファイル』小学館新書)に書いておられたけど、1990年代は苦難の行軍の最中でしたが、人民軍第6師団の反乱とか、龍川駅の爆破といった組織的な行動がありましたね。でもそういう組織だったものはもはや難しい。今は、本で書いておられるような、爆破を狙ってあっという間に捕まった青年のように、ちょっと社会になじめない人が悪さをしようとして、しかもあっという間に潰されるという形にとどまるのかな、という気がするのですが。

城内:僕も組織的なものは難しいと思います。

 今回の党大会などを見ていると、金正恩(キム・ジョンウン)は権力分散を徹底的にしているでしょう。 例えば、従来は組織指導部に全部投げていたような仕事を、新しく規律検査部というのをつくって分散したりとか。

 もう1つびっくりしたのは、『労働新聞』などに組織指導部長の名前がちゃんと出たことです。昔は、組織指導部長が誰なのか皆目分からなかった。金正日(キム・ジョンイル)時代なら、金正日自身がやっているのだろうとか、全く分からなかった。

塚本:それが、肩書付きで写真まで配信しましたからね。あれにはびっくりしました。

城内:びっくりしました。かつ、組織担当書記として趙甬元(チョ・ヨンウォン)を置く。金正恩以外にとてつもない権力が集中する事態が起きないようにしていますね。

趙甬元「大抜擢」の理由

塚本:その趙甬元の大抜擢も驚きでした。

城内:2011年だったか、付き合いのあった北の人が僕に教えてくれたのが、「黄炳瑞(ファン・ビョンソ)というのがいて、これがこれから力をつける」ということでした。まだ黄炳瑞があまり知られていない時期でした。数年後には、彼は金正恩の側近となった。数年前には消えちゃいましたが。

 黄炳瑞について教示してくれた人物が次に名を挙げたのが趙甬元でした。2015年夏頃だったかな、「この男がこれからどんどん伸びていくよ」と言う。趙甬元はたしか2014年12月頃から、金正恩の同行回数が増えていった。

「趙甬元は金正恩に同行して何をしているんですか」と聞くと、次のように言うんです。

 金正恩が現地指導でいろいろと指示を出しますよね。いわゆるマルスムですが、趙甬元はこれを傍らで全部メモし、整理して理路整然とした分かりやすい文章にまとめ、それをあちこちに下達するんだそうです。つまり、金正恩の言葉を察してきちんと整理するのが趙甬元の役割で、しかもものすごく的確なんだそうです。

塚本:彼は宣伝扇動部にいたわけじゃないですよね。

城内:彼はずっと組織指導部ですね。

塚本:本人の才能なんですね。

城内:これまでずっとその仕事をやってきたようですよ。そして評価がすごく高い。

 それこそ最高指導者の発言ですから、誤った形で解釈してねじ曲げてしまったら命取りになる。ところがそういうことのない趙甬元は非常に高い評価を受けたということで、「こいつはこれから伸びる、どんどん偉くなるから」と言われていて、案の定そうなった。

塚本:政治局常務委員まで一気に昇りましたものね。

 このように金正恩は人事に手を入れましたし、朝鮮労働党規約も大分変えて、党の機能と規律を意識的に変えてきていますね。その中で、政治局常務委員にある程度の業務、任務を任せるようにもしたりしているようです。

城内:負担軽減という形も最近やっているような感じがしますね。

塚本:その辺もやはり自信なのかなと思います。

城内:自分のところに全部権力を集中させなくても大丈夫、というのは、つまり自信の表れですよね。

 何だかんだ言っても、父親が“俺の後継者はこいつしかいない”と小さいときから言っていたというのは、そういう能力を見抜いていたからなのかもしれない。

塚本:でも限界だと思うのは、経済問題で新たな方針を打ち出せないところですね。北朝鮮がもとより改革開放のような政策などできるわけないから、やりようがないのでしょうが。

城内:今回の党大会でも重工業とか言っているでしょう。いつの時代の話なんだと。

塚本:それを含めて、先祖返りにしか見えないですね。核問題も同様だと思います。

核先進国という野望

城内:核については、僕は一段と危険な水域にエスカレートしたような気がするんです。

 今回の党大会を見て、核については「並進路線」への回帰かなと一瞬思ったのですが、いや違う、これは並進路線の上を行っているな、と感じましたね。

 2018年4月の党中央委員会総会で、“国家核武力は完成して並進路線はこれにて終了、これからは経済建設に総力を挙げる”と言っていたのに、今回の党大会ではまた、核の高度化と言い出している。しかも、いわゆる“核先制・報復打撃能力の高度化”という言葉まで使っているんですよね。核の先制使用についてポジティブな表現になっている。昔は、“我が国の主権を侵害しない限り、核の先制使用をしないだろう”と言っていたのが、“核の乱用をしないだろう”に変わった。“乱用しない”とは何だ、って話ですよ。場合によっては使うってことなのか、1、2回は使うことがあるってことなのか。

 それから、戦術核の開発という発言にも驚きました。これまで北は、核は米国による攻撃を抑止することが目的と主張してきた。けれど戦術核となれば、これまでの主張が理由にならない。これによって、北朝鮮の核はいっそうデンジャラスなステージに上がった気がします。もう核は捨てないという話でしょう。

塚本:そうですね。もとより捨てるつもりはないだろうなと思ってはいましたが。

 そうすると、バイデン政権が誕生したから言葉の上で牽制しておいた、というのではなく、基本的に戦略を変えてきたという感じですか。

城内:そう思います。もちろん米新政権に対しての牽制もあるでしょう。

 それと、金正恩という人はやはり、核を持ち、優れた核先進国になるんだという野望があるのでしょうね。軍事パレードでミサイルが出てきたときなど、本当に嬉しそうな、楽しそうな顔をしているでしょう。やっぱり好きなんですよ。

塚本:今回もどこまで本気なのかよく分からないけど、原子力潜水艦を建造するとか新兵器を造るなどなど、ありとあらゆることを掲げてみました、という感じがあり、つい「またバカなことを言っている」と思ってしまいますが、それもよくないですね。

城内康伸さん

城内:僕は、基本的にはったりだけではなくて、金正恩が言う以上は、核先進国を目指しているのは間違いないと思います。あの国は、言ったことを実現しようとする、少なくとも近づこうとしますからね。

 1回目の核実験は2006年10月でした。当時、北朝鮮は核実験をやるやると言っていたけど、僕はやらないと思っていた。

 ところが本当に実験したものだから、その日の夜、当時親しくしていた北朝鮮の北京駐在の人物と会って話したら、

「あんたは本当に共和国を知らないね」

「我々は1回言ったら必ず実行に移す」

 と言っていました。それがいまだに非常に鮮明に残っています。更に彼は、

「アメリカは我々を、共和国を疾走する馬に乗せた」

 という表現を使った。これは鮮烈な印象を持って胸に迫ってきまして、1度コラムに書いたことがあります。

 この2、3年の、ミサイルの発展もすごいじゃないですか。

塚本:そうですね。今は正確に撃てるようになって、失敗が本当になくなりましたね。

 そういえば、この本にも書いてあったけど、ミサイル開発チームはいくつかに分かれている、という話も面白かった。そういうところを読んでいると、技術者たちの層が厚いんだなと思います。

城内:頭がいい人が多いんですよ。ハッカー集団だって世界有数なんでしょう? 今、それこそ核とサイバーさえあれば通常兵器は要らないでしょう。

力量ある優秀な人材は多いが

塚本:サイバーといえば、北朝鮮のコンピューター関係の出先企業が中国にあるという話があって、取材をさせてやるということだったんですが、結局できなかったことがあります。

 その時の話では、北朝鮮の若者が中国にやってきて、技術を磨きながらプログラムの開発をしている。しかも製品は中国の産品として輸出するから、北の生産だと分からないような仕組みだ、ということでした。

 そういうことを担える技術者や青年がいるんだ、とそのとき思いましたが、それがさらに先へ進んできているのでしょうね。

城内:以前、金策工業総合大学の女性コンピューター室長が、自分の教え子を5、6人連れてきて一緒に飯を食ったことがありました。北京に駐在していた頃です。

 中国のソフトウエア開発関連の企業で、実習を含めた研修を行っているとのことでしたが、そのときに女性室長が、

「この子たちは我が共和国の頭脳なんです」

 と、焼肉をほおばりながら言っていたのを今も覚えています。

 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の時代には、中国の丹東辺りで、北朝鮮の人が韓国のIT関係と一緒に事務所で仕事していましたよ。

塚本:そんなことがあったんですか。

城内:あったんですよ。当時は、そういう産業協力もやろうと、盧武鉉政権は積極的でしたから。

 産品に関して言えば、僕が今回北京にいたときも、アニメーションなどは中国人の名前で、実は北の出稼ぎの人が作成したりしていました。フランスあたりのアニメも作っていたみたいですよ。やはりみんな器用なんでしょう。

塚本:力量が高いんですよね。

城内:そういうことを考えながら時々思うことがあります。北朝鮮には、植民地時代に日本が置いてきたいろいろな資産がある。例えば天然資源はどこに何があるか、というのもよく分かっているし、いろいろなデータもあり、かつ非常に優秀な人材がいるわけです。

今は内向きに

 日本が早く仲よくなって、他国に先駆けて北朝鮮との関係をうまく利用できれば、それこそ日本の経済にもプラスになる。そういう時代が早く到来しないかな、と時々思います。

塚本:日本の影はまるで残ってないですね。

城内:でも北の人と付き合っていると、彼らはやはり日本に対してある種の憧憬というか尊敬、愛着、あるいは親近感を持っていると、時々感じました。

塚本壮一さん

塚本:それは今の韓国の人たちとは違う感覚ですね。韓国の人は対等というか、自分たちのほうが優れていると思っているところもあるみたいで、城内さんがおっしゃる憧憬のようなものは多分ないと思うんです。

 一方、北の人からは、僕の数少ない経験でも、本当は何となく日本のことを気にかけているんだなと感じることがたまにありましたしね。

城内:北朝鮮の複数の人から言われましたよ。

「日本と国交が正常化すれば、俺を招待してくれ。温泉にも連れていってくれ」

と。

塚本:なるほど。しかし、日本との関係がこんな状態ですから、北朝鮮国内の日本畑の人たちは大丈夫かなと、ちょっと心配です。

城内:本当にそうですよね。日本担当の部署はまだ活動しているのでしょうか。対南担当書記はいなくなったんですよね。あと、国際担当も。李洙墉(リ・スヨン)とかも消えてしまいましたしね。

塚本:当面、内向きでやるという感じですね、やはり。

「はったり」から「自信」に変化?

塚本:そうすると、核問題がこのまま進展せず、かといって北朝鮮も戦争を起こすつもりはないでしょうから、今のままずるずる、だらだらといくのでしょうか。

城内:そう思いますね。もっとも、バイデン政権の対北担当者が揃うまでは、何かちょこちょことやるんじゃないですか。

塚本:挑発を?

城内:この挑発という言葉自体、難しいんです。新兵器の開発作業や実験について、北の人に対して挑発という言葉を使っては怒られたんですよ。

「挑発じゃなくて、これは開発作業だ、実験だ」

「何を言っているんだおまえは」

 と。

 当時、北朝鮮のそれなりの人に会うと、

「我々がアメリカを攻撃すると思うか、おまえ」

「そんなことをしたら大変なことになるだろう」

 と言っていたわけですよ。

 ところが今回の党大会では、もちろん公式発言だから強がりというのもあるけど、もうそういう“アメリカを攻撃するわけがない”という状況から完全に抜けたのかなというのは、金正恩の事業報告を聞いていても思いますね。“やるならやってみろ、こっちもかますぞ。ただでは済まないぞ”という意思が、以前のようなはったりではなく、自信を持って聞こえるんです。

塚本:僕はまだ、言葉の上で脅しをかけているのかなと思っていたんですけど。

城内:だから、アメリカ側の体制が整う前にはそれなりにどんどん進めるんじゃないですか。

塚本:アメリカの陣容が整うまで半年ぐらいかかるから、その間に何かやるかもしれませんね。ただ、どこまでやるのか。

城内:その辺はアメリカの反応を見ながらなのでしょうね。

 塚本さん、最後に北朝鮮に行かれたのはいつですか。

塚本:2012年4月ですね。平壌滞在中、北朝鮮は予告していたミサイル発射に失敗したんです。それでも金正恩は堂々と金日成広場での軍事パレードに登場して演説した。肉声が初めて公開されたときです。

城内:もうはや9年かあ。

塚本:そうですね。

 発射失敗のまさに当日の夕方、万寿台の丘(注:平壌市内)に立つ金日成と金正日の巨大な銅像が新しく作り直されて公開されるというので、その式典に金正恩が現れた。当然と言えば当然ですが、その様子は動揺するわけでもなく悠然としていて、周りの側近たちと談笑していた。

 それを見て、この人はやはり父親が見込んだだけあって政治家タイプなんだろうな、指導者になるべくしてなった人なんだろうなと思いました。

城内:何だかんだいって、昔から帝王学を学んでいるじゃないですか。王様の子供なわけだから。

憶測で書かずファクトを取ること

「元北朝鮮担当記者」同士のオンライン対談は約2時間に及んだ

塚本:最後になりますが、この本のように、城内さんが貴重な資料を取って堅い取材をされたものとは裏腹に、日本の朝鮮半島報道はすごいことになっていますよね。

 これは韓国も含めてですけれども、憶測でどんどん書いてしまう。書き得にもならないような報道がいっぱい出ているわけですが、どうご覧になっていますか。

城内:朝鮮半島報道、特に北朝鮮に関する報道は裏が取れない、難しいというのがまず1つありますね。でも、「どうせ分からないからいいや」というのは、どうなんだろう。自分はそうならないようにしようと心がけている、としか言いようがないですね。

 あと、僕の場合は知見のある専門家でも研究者でもないから、まずはファクトを取ることが重要だと思っています。それがジャーナリストの一番の仕事だから。

 僕自身は、できるだけ人に会って、話してくれる人を探すという作業をやっていただけです。それがたまたまうまくいって1人、2人と資料を提供してくれたり、中のことを率直に証言してくれたりする人がいたというだけのことなんです。

 だから、北朝鮮について大上段に構えるのは、恥ずかしい。今ではなおいっそう、語るのは難しい。なぜなら現場を離れてしまったからです。昔のエピソードは語れるが、現状について判断する材料がそれほどないというのもあります。

塚本:どうもありがとうございました。(了)

 

 

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執筆者プロフィール
城内康伸 1962年、京都市生まれ。早稲田大学法学部卒。1987年、中日新聞入社。東京新聞(中日新聞東京本社)社会部で警視庁捜査二課を担当、サブキャップなどを務める。1993~1996年、2000~2003年、ソウル特派員、同支局長。その後、社会部デスク、北京特派員、外報部デスクを経て、再びソウル支局長、北京特派員に。現在、東京新聞(中日新聞)外報部編集委員。著書に『昭和二十五年 最後の戦死者』(第20回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞)、『シルミド―「実尾島事件」の真実―』『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男―「東声会」町井久之の戦後史―』、『金正恩の機密ファイル』など。
執筆者プロフィール
塚本壮一 桜美林大学教授。1965年京都府生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業後、NHKに入局。報道局国際部の記者・副部長として朝鮮半島の取材・デスク業務に携わり、2002年の小泉首相訪朝など北朝鮮・平壌取材にもあたった。2004年から2008年まで北京に駐在し、北朝鮮の核問題をめぐる六者会合や日朝協議で北朝鮮代表団の取材を担当。2012年から2015年まではソウル支局長として、李明博・朴槿恵両政権下で悪化した日韓関係や、旅客船セウォル号事故などを取材した。ニュース「おはよう日本」の編集責任者、解説委員を務め、2019年に退局後、現職。
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