東京五輪で巻き返し図る「スポーツ弱小国」インド 

執筆者:緒方麻也 2021年7月20日
タグ: インド
エリア: アジア
リオ五輪で銀メダルを獲得したバドミントンのシンドゥ選手に注目(C)EPA=時事
約13億8000万人という巨大な人口を抱えるインドだが、ことスポーツとなると「国技」クリケットやホッケーなどを除けば全く存在感がない。しかし、東京オリンピックに向けて強化。過去最多のメダル獲得という予想も!?

 

 これまでの五輪で獲得したメダルは初参加の1900年パリ大会からの累計でわずか28個(金9、銀7、銅12)。このうち金8個を含む11個は、かつて強豪国として鳴らしたフィールドホッケーでのものだ。それでも2008年の北京五輪では射撃で初めて個人種目での金メダリストが誕生。2012年のロンドン五輪では、レスリングや射撃などで銀2銅4と過去最高の成績を挙げた。前回リオデジャネイロでは銀1銅1と低迷したが、その分、東京大会にかける意気込みは大きい。

 インド・スポーツ庁では陸上やレスリングなど、投資コストが比較的小さくて済む競技に絞って重点的に強化し、厳しい財政の中で関連予算を増額して練習環境の改善や外国人コーチの招へいなどに取り組んできた。東京五輪には過去最大となる約120人の選手団を送り込む。

東京五輪の有望選手は?

 メダル有望選手の筆頭が、女子バドミントンのP・V・シンドゥ選手(26)。ロンドン五輪・銅のサイナ・ネーワル選手らを育てた名伯楽プレラ・ゴピチャンド氏が主宰するアカデミーで技術を磨いた。リオ五輪では日本の奥原希望選手を破って決勝に進出し、銀メダルを獲得した。

 そのとき決勝で敗れたカロリーナ・マリン選手(スペイン)は今回欠場するが、強豪ぞろいの中国勢や日本の山口茜選手らが金メダル争いのライバルとなる。

 女子レスリング・フリースタイル53キロ級に出場するビネーシュ・ポガット選手(26)は、インドでも有名なレスリング一家の出身だ。彼女の従姉にあたるポガット姉妹は、人気俳優アーミル・カーン演じる元レスリング王者が2人の娘をレスラーとして鍛え上げるインド映画「ダンガル(邦題:きっと、つよくなる)」のモデルとなった。

 リオでは膝の怪我に泣き準々決勝で敗退したが、2018年の英連邦競技大会(コモンウェルス・ゲームズ)や2021年のアジア選手権でいずれも優勝しており、東京大会でのメダル獲得に期待が高まる。ライバルはあの吉田沙保里の後継者・向田真優選手だ。

 男子レスリングの期待の星は、フリースタイル65キロ級のバジラング・プニア選手(27)。2019年以降、出場した世界大会すべてで表彰台に上がり続け、19年のアジア選手権では見事、優勝している。

 インドのレスリング界では今年5月、北京で銅、ロンドンで銀を獲得したレジェンド、スシル・クマール選手が後輩選手に対する殺人容疑で逮捕されるという激震に見舞われたが、このスキャンダルを払しょくする戦いに期待したい。

2度目の五輪に挑戦する4児の母

 陸上やり投げに出場するのが2018年アジア大会金メダリストのニーラジ・チョウプラ選手(23)。ここ数年で急成長し、今年3月にはインド国内新記録の88.07メートルを投げた。本番で90メートルの壁を破ればメダルが見えてくる。

 ロンドン五輪で銅メダルを獲得、自身2度目の五輪に挑むのが女子ボクシング51キロ級のメアリー・コム選手(38)。インド北東部マニプール州の農家出身で競技歴20年のベテラン。世界選手権優勝6回という金字塔を打ち立てた。4児の母で、2016年からはインド連邦上院議員も務めている。東京五輪ではリオ五輪出場を逃した悔しさをぶつけ、選手生活の集大成を目指す。

 射撃では若手選手に注目が集まる。女子10メートル・エアピストルのマヌ・バカル選手(19)はスポーツ万能少女として知られ、スケートやボクシングなどの国内大会で上位入賞歴がある。

 男子の同種目に出場するのが同じ19歳のサウラブ・チョウダリ選手。2019年のW杯で2勝を挙げた女子10メートル・エアライフルのエラヴェニル・ヴァラリワン選手(21)とともに個人、団体両方でメダルを狙える実力者だ。

 また、1980年のモスクワ五輪以来メダルから遠ざかっているホッケー男子チームも、最近の欧州遠征などで好成績を挙げており、東京で古豪復活を目指す。

全く行われてこなかった学校スポーツ振興

 これまでインドのスポーツがあまりにも弱かった理由には諸説ある。

 身体接触を嫌うカースト制度の影響で格闘技や一部球技が忌避されてきたとの意見があり、余暇としてのスポーツが全く普及していない現状もあるが、最大の原因はスポーツ庁関係者が自ら認めているように、学校スポーツの振興が全く行われていないことだろう。

 中学校、高校などでのいわゆる「部活動」はほとんど見かけない。スポーツを志す少年少女はつてを頼って地元のクラブに入らねばならない。公立学校ではプールや体育館などがあるのはごく一握りで、指導者にも恵まれているとは言えない。構造的に優秀なアスリート予備軍が育たない状況なのだ。

 インドの学校教育に関する調査・研究を手掛ける非営利団体(NPO)のASERセンターが2018年に農村部の公立学校約1万6000校を対象に行ったポーツ設備調査によると、体育の授業がある学校が全体の62.9%、専任の体育教師がいる学校は16.5%にとどまっている。

 インド政府は2018年以降、学校の設備改善や体育教員の増員に取り組んでいるが、これが競技スポーツとして成果が出てくるにはまだ時間がかかりそうだ。

米グレースノート社の大胆予想

 さて、肝心のメダル数だが、スポーツデータの分析で定評がある米グレースノート社の予測では、インド選手団の東京大会でのメダル獲得数は金4(レスリングと射撃)、銀5、銅8の計17個という数字が示されている。これが実現すれば前回大会比15個増、紛れもなく過去最高の成績ということになるのだが、これまでの五輪での戦いぶりを注視してきた筆者から見れば、かなり大胆な予想と言わざるを得ない。

 しかし、コロナ禍で1年延期され、この間に多くの競技で国際大会が中止となる中で迎える東京五輪――。おそらくメダル獲得数の予想はこれまでよりもはるかに難しいし、番狂わせもあり得るだろう。この夏はインド人選手たちの活躍をテレビの前で熱く応援したい。

カテゴリ: スポーツ
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執筆者プロフィール
緒方麻也(おがたまや) ジャーナリスト。4年間のインド駐在を含め、20年にわたってインド・パキスタンや南アジアの政治・経済の最前線を取材、分析している。「新興国において、経済成長こそがより多くの人を幸福にできる」というのが信条。
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