インテリジェンス・ナウ
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混沌のアフガン、秘密工作へ動く情報機関:テロの次の標的に中国も

9月4日、アフガニスタンの首都カブールを訪れた、パキスタンISIのハミド長官[地元記者提供](C)時事
タリバンのアフガニスタン全土掌握を、英米は指をくわえて眺めていたわけではない。情報機関は早くから接触し、再び国際テロの温床とならないよう、今も工作を続けているのだ。だが、ここで面倒なのが、パキスタンの「二股関係」――。

 8月31日の米軍撤退期限の前後から、アフガニスタンにかかわる関係諸国の情報機関トップが目まぐるしく動き始めた。大転換期を迎えたアフガンの修羅場で危機管理に躍起となっているのだ。

 タリバンが全土をほぼ制圧した後の8月23日、最初にアフガンの首都カブールに乗り込んだのは米中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官。2番手はパキスタン3軍統合情報局(ISI)長官のファイズ・ハミド中将だった。

 バーンズ長官の会談相手は、その後副首相に就任した、タリバンの政治部門トップ、アブドル・ガニ・バラダル師だった。他方ハミド長官は9月4日、カブールでタリバン幹部と会談。11日にはイスラマバードに戻り、中国、ロシア、イラン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンの情報機関トップと異例の会議を開催したと伝えられる。

 中国は今、一部テロ組織の攻撃を頻繁に受けており、この会議では今後のテロの動向が主要テーマになった可能性がある。

 さらに英対外情報機関「秘密情報部(MI6)」のリチャード・ムーア長官は、パキスタン陸軍参謀長カマル・ジャベド・バジワ大将と会談。さらに別のMI6高官らはカブールおよびカタールの首都ドーハで、タリバンの高官らと意見交換した。

テロ回避へタリバンと急ぎ接触

 最も注目されるのは、米英の情報機関がこの緊急事態に急ぎ仇敵タリバン側と接触し、協力の可能性を探ったとみられることだ。

 米国が最も懸念するのは、アフガンが2001年9月11日以前のような「テロ組織の安全な天国」と化し、アフガンから出撃したテロリストに再び米本土が攻撃される事態を招くことだ。そんな悪夢が再現されれば、ジョー・バイデン米政権は、立ち直れないほどの痛い打撃を受ける。

 そんな事態を避けるため、米軍が撤退したアフガンの国外で、米国家安全保障局(NSA)は英政府通信本部(GCHQ)などとの秘密工作により、アフガン国内における「イスラム国(IS)」や「アルカイダ」の動向を通信傍受などで探知して、必要な場合にはCIAがドローン攻撃でテロ組織を攻撃することが予想される。NSAとGCHQはすでに、イラクやシリアでISの「テロ細胞」の位置を確認する合同作戦で成功を収めている。

 また、緊急事態ではタリバンやパキスタンとの情報協力による秘密工作が必要となる局面が出てくる可能性もある。そのためには、「新タリバン政権」が確立された後から行動を起こしていては手遅れになる。それほど事態は流動的なのだ。

キーマンのバラダル師らは穏健派

 バーンズ長官が会談したバラダル師は、国際刑事警察機構(ICPO)によると、1968年ウルズガン州生まれ。ハミド・カルザイ元大統領と同じポパルザイ部族出身のパシュトン人と伝えられる。タリバンの最高指導者・故ムハンマド・オマル師とともにタリバン創設に参加。北部の抵抗勢力との戦いでは最も苛烈な司令官の1人として名を上げた。

 2001年に最初のタリバン政権が崩壊後、オマル師の副官として軍事部門のトップに就いたが、同時にカルザイ政権の使者と秘密の対話に応じるなど、柔軟な対応も示したという。

 2010年にパキスタンとCIAの合同作戦で捕まり、8年間投獄された。パキスタン側はなぜか、バラダル師にカルザイ政権との対話をやめるよう要求。これに対して米側は、バラダル師がタリバン内で尊敬され、柔軟な態度を示していたことを重視し、彼を交渉の相手にすべきだと求め、釈放させた。その裏には、CIAの判断があったとみられる

 バラダル師はCIAの予想通り、2019年から始まった米国とタリバンの交渉に出席。2020年には、ザルメイ・ハリルザド米特使との間で米軍のアフガン撤退で合意した。

 現在のタリバン最高指導者ハイバトゥラ・アクンザダ師とともに、バラダル師はタリバン内の「穏健派」を形成するとみられている。

タリバンは内部対立も

 バーンズCIA長官は『ワシントン・ポスト』が伝えているように、バラダル師との会談では当然、米軍や関係者、アフガン人の元対米協力者をカブール空港などから安全に出国させるよう求めたのは当然だ。

 それに加えて長官は、ガニ前政権の高官ら、タリバン以外の人物を新政権閣僚などに抜擢するよう求めた、とインドのメディアなどが伝えている。

 しかし、これまでのところ、アフガン全体を包含する和解政権のような形態にするために、タリバン外から人材を登用する動きは見られない。

 その事実からしても、タリバンは内部対立を抱えているのは確実だ。バラダル師を首相に任命する動きもあったが、強硬派ハッカニ・ネットワークを率いる治安部門のハリル・ウルラーマン・ハッカニ氏らが反対したと言われる。彼は米連邦捜査局(FBI)から500万ドル(約5億5000万円)の懸賞金で指名手配されている。米軍に対する自爆攻撃を命じた疑いがある。

 タリバンは全土を制圧する段階で、拘束されていたタリバン兵士や工作員ら数百人を解放したと伝えられており、強硬派の勢力は強力とみられる。

 このほか、アルカイダの幹部で、元指導者オサマ・ビンラディンの補佐官をしていたナンガハル州出身のアミン・ウルハク氏は、タリバンが同州を制圧した後、地元に戻っていたことが確認されている。 

 そうした事実から、アルカイダ元メンバーのアフガン再集結の可能性が懸念されているのだ。

「戦略的縦深性」を維持したパキスタンの勝利

 タリバンの最高指導者だった故オマル師は元々、1980年代に旧ソ連軍のアフガン侵攻と戦うため、パキスタンのISIの訓練を受けた戦闘員だった。

 1989年のソ連軍撤退後、アフガン内戦となり、オマル師は軍閥の1人として戦い、タリバンを結成。パキスタンの支援を得たタリバンは1996年、ほぼアフガン全土を制圧。それ以後もパキスタンは専門家を派遣して、軍事も経済もタリバン政権をテコ入れした。

 2001年の米軍のアフガン攻撃で、オマル師と幹部らはパキスタンに事実上亡命し避難。ISIはパキスタン国境地帯にインフラを整備して彼らを保護した。タリバンはここを拠点に米国を中心とする有志国部隊への攻撃を徐々に強化、ISIはペルシャ湾岸諸国から寄金を集めて支援した。オマル師はその後、カラチで死亡したという。

 大国インドを主敵とする縦長のパキスタンは「戦略的縦深性(Strategic Depth)」を国家存続の要としてきた。そのため、背後の隣国アフガンを同盟国とし、戦略的に奥行きを深くするという形で自国の安全保障強化を図ってきた。同時に、インドがアフガンとの関係を強化しないよう警戒してきた。

 だからこの夏、タリバンが事実上パキスタンの支援を得て「電撃戦」のような形でアフガンのほぼ全土を制圧したことは、明らかにパキスタンの勝利だった。

 パキスタンは米国から軍事援助を得るのと同時にタリバンを支援するという「二股関係」をひそかに続けた歴史があるのだ。

 バイデン大統領がパキスタンのイムラン・カーン首相と会談することはなく、アントニー・ブリンケン国務長官が今回、イスラマバードを訪問せず、インドの首都ニューデリーやカタールを訪問した理由はまさにそこにある。

アフガン内にテロ基地建設はありえないか

 かくして、やはりアフガンは再び、テロ組織による対米テロ攻撃のための基地となる可能性はあるのだろうか。

 いや、そんな可能性はなさそうだ、とブルッキングズ研究所上級研究員を兼ねるダニエル・バイマン・ジョージタウン大学教授は指摘している。

 アルカイダが勢力を回復するリスクは確かにある。タリバンがアルカイダとの関係を断絶することも考えられない。

 しかし、ISはアルカイダとタリバンを敵視している。ISは、タリバンは「イスラムを放棄し、アフガン・ナショナリズムを重視している」と非難しているのだ。

 米国が得たインテリジェンスによると、「9・11テロ」の前、アルカイダと外国のイスラム戦士はアフガン国内に、まさに群島のような形でテロリスト訓練のキャンプ場を建設。1996~2001年の間、ここで訓練を受けたテロリストは1万~2万人に上る。サウジアラビアを含む世界各地から終結した彼らは、米国のほか、欧州、インドネシアやリビア、ソマリアなど各地でテロ事件を起こした。ウサマ・ビンラディン自身、サウジ人であり、9・11テロの犯人19人のうち15人はサウジ人だった。

 現在のタリバンには、このように世界中で国際的なテロ活動を支持するような意図は見られない。タリバンは20年前、アルカイダから事前に9・11テロ計画の相談を受けてもいないのに、結局米国などの攻撃を受けて、政権を追われて多大な犠牲を払った。

 また、「タリバンのスポンサーであるパキスタンも、アルカイダによる対西側テロ攻撃には反対だ」とバイマン教授は強調している。9・11テロのような事件がまた起きて、アフガンに「米軍が再び戻ってくるような事態」をパキスタンは望んでいない、と言うのだ。

中国人対象のテロ事件が増加

 だが、これでパキスタンはすべての問題が解決したというわけでは決してない。

 この20年間、米軍のアフガン駐留という「重し」のおかげで、パキスタンとの経済関係を強化してきた中国は、テロ組織の動向に目配りをする必要がなかった。しかし、数年前から中国人がテロで襲われる事件が増えている。

 2018年にはカラチの中国総領事館が襲撃されて4人が死亡した。バルチスタン地方の分離独立を主張するバルチスタン解放軍(BLA)の犯行と判明した。

 BLAは中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の目玉プロジェクトと言われる大規模インフラ整備事業「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」で、港湾建設中のグワダル港の工事に反対しており、翌2019年にはグワダルのホテルを襲撃、5人を死亡させた。

 2021年4月には南西部クエッタのホテル駐車場で爆発事件が起き、5人が死亡。農融駐パキスタン中国大使は危うく難を免れた。この事件は「パキスタン・タリバン運動(TTP)」の犯行と分かった。

 さらに同年7月、北西部カイバル・パクトゥンクア州の水力発電所で働く中国人技術者9人が死亡するテロ事件も起きている。

 タリバンはCPECをアフガンにまで拡大するよう求めており、対中国テロがアフガンにも飛び火する可能性が出てきた。

 BLAなどは中国を「新植民地主義」と非難しており、中国によるアフガン資源開発計画がテロの対象にされる恐れがある。

米国に代わって中国敵視

 また、中国によるウイグル人迫害問題は、イスラム教徒に対する虐待として、テロ組織が中国を敵視する恐れがある。軍隊を撤退した米国に代わって中国がテロ組織の主要な攻撃目標とされる時代が到来することもあり得るのだ。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛 社会
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執筆者プロフィール
春名幹男 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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