リベラルと保守の対立なのか?――米国「人工妊娠中絶論争」の歴史といま

執筆者:三牧聖子 2022年11月4日
エリア: 北米
アメリカ人の5人に4人は、何らかの状況下では中絶は合法であるべきだと考えている[米連邦最高裁の判断を受け頭を抱える女性=2022年6月24日、ロサンゼルス](C)EPA=時事
人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める「ロー対ウェイド判決」が連邦最高裁で覆され、中絶規制は中間選挙の大きな争点にもなっている。だが歴史を紐解けば、リベラルが中絶を支持し、保守が中絶に反対するという図式は自明のものではない。現在の反対運動の中心である南部福音派プロテスタントがロー判決を歓迎した時代もあれば、リベラル派の判事からロー判決の問題点が指摘されてきた経緯もある。テーマの“政治化”によって覆い隠されてしまった、権利と価値観をめぐる重要論点を再確認する。

「これから成人する女の子たちは、その母親や祖母より権利を制限された、初めての世代になる」――2022年6月24日、米国連邦最高裁が、人工妊娠中絶の権利を憲法上で保障した1973年のロー対ウェイド判決を覆したことの衝撃を言い表した言葉である。ロー判決が覆った結果、各州は自由に中絶を禁止したり制限したりできるようになり、南部テキサス州など中絶をほぼ全面禁止する州や、厳しい中絶制限を設ける州が続々とでてきている。大半は共和党地盤の保守州だ。

   中間選挙では与党は大幅に議席を減らすのが常である。2022年の中間選挙も、上下院で野党の共和党が多数派を奪還するというのが大半の予測だった。しかし、ロー判決が破棄され、中絶問題が主要な論点として浮上したことが民主党支持者の投票意欲をかきたて、特に上院については接戦が見込まれている。非営利団体カイザー・ファミリー財団が9月に調査したところ、有権者の半数、民主党支持者では7割近くが、6月の最高裁判決を契機に、今年の選挙で投票する意欲が高まったと回答している[1]

「党派対立」の構図は誇張されている

   米国における中絶論争は、胎児の命の擁護を掲げて中絶に反対する「プロライフ」派と、身体に関する女性の自己決定権として中絶を擁護する「プロチョイス」派という2つの立場の戦いとして描かれる。前者は共和党支持者に多く、後者は民主党支持者に多いため、党派対立の様相を帯びる。しかしそれは多分に誇張された対立であることをまず踏まえる必要がある。民主党支持者のみならず、共和党支持者でも、極端な中絶制限を支持しない人は過半数である。

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カテゴリ: 社会 政治
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執筆者プロフィール
三牧聖子(みまきせいこ) 同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。国際関係論、外交史、平和研究、アメリカ研究。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科で博士号取得(学術)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、高崎経済大学准教授等を経て2022年より現職。2019年より『朝日新聞』論壇委員も務める。著書に『戦争違法化運動の時代-「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会、2014年、アメリカ学会清水博賞)、『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、『日本は本当に戦争に備えるのですか?:虚構の「有事」と真のリスク』(大月書店)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) など、共訳・解説に『リベラリズムー失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、青土社)。
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