
20世紀、石炭を燃やす蒸気機関が石油を使う内燃機関に主役の座を譲り、この時代が「石油の世紀」と称されるようになるほど、人類は地政学や経済・産業社会の大きな変化を経験した。そして今、半導体の内部を駆け巡る信号を電気から光に変えることによって、新たなゲームチェンジを試みる動きが本格化している。その先頭に立つのはNTT(日本電信電話)だ。
NTTが未来を賭ける戦略、IOWN(アイオン=Innovative Optical and Wireless Network)は過去4年、海外の有力企業などを対象にしたアライアンス体制作りから超高速通信サービス開始へと、その段階を進めてきた。
そして5月12日。NTTは新たにIWONで、光信号を使う小デバイスや半導体といった関連製品の製造・販売に自ら乗り出すと表明した。電気通信会社という業態の枠組みから飛び出すというのである。
NTTはIOWN戦略でいったい何を目指しているのか。そして、その戦略は世の中をどう変える可能性があるのか探ってみたい。
消費電力を100分の1に
「NTT研究所において進めてきた開発等に係る機能をスピンオフし、光電融合デバイスの市場投入と事業拡大の加速をミッションとする新会社を設立する」「メリットである圧倒的な低消費電力化を、通信領域だけでなく、データセンタ等コンピューティング領域に導入・適用拡大、社会全体の消費電力増大の解決に貢献する」――。
NTTが5月12日に公表したプレスリリースは、このような文言を謳っている。従来のような電気の信号ではなく、光の信号で動作する小デバイスや半導体といったIOWN機器の企画、設計、開発、製造、販売といった機能を丸抱えする製造会社「NTTイノベーティブデバイス」の設立を宣言した。
この日は、東京証券取引所に上場している3月期決算会社数百社の業績発表が集中したうえ、NTT自身もグループ各社を含めた決算や人事、組織改革など38件の発表を抱え、ニュースの渦の中にすっかり埋もれてしまった観もある。しかし、NTTが自ら本格的に製造業に乗り出すことを決断した意味は重い。
振り返れば、IOWNの初動は華々しかった。
NTTが世界に先駆けてIOWNを「革新的なネットワークの構想」としてお披露目したのは、2019年5月9日に公表したプレスリリース「NTT Technology Report for Smart World:What’s IOWN?」でのことだ。
翌月、同社の澤田純社長(当時)は都内で講演し、「データ処理にも光技術を活用し、ネットワークから端末まですべて『光』にしたい」と熱弁を振るった。半導体や半導体を組み込んだ機器の中を駆け巡る電気の信号を光の信号に段階的に置き換えていくことで、通信や情報処理の世界に画期的なイノベーションを起こしたいと強調したのである。
そのインパクトは大きい。NTTは信号を電気から光に変えることによって、消費電力を100分の1に減らし、伝送容量を125倍に拡大し、通信の遅延を200分の1に圧縮することが可能と説明している。担当副社長の川添雄彦氏は「スマホの充電が1年不要になるとの記事も出たが、それはあながちできない話ではない」と、強い期待と自信を示しているようだ。
さらに、NTTは同年10月末にも派手な花火を打ち上げた。米半導体トップのインテルと、ソニー、NTTの3社でグローバル・フォーラムを結成し、イノベーション創出に向けてタッグを組むことを明らかにしたのである。
今年4月25日に大阪市で開いたIOWNグローバル・フォーラムの年次総会では、国内通信業界のライバルであるKDDIの参加も発表されて話題を呼んだ。会場には内外の有力通信事業者やサーバーメーカー、半導体メーカーなどがひしめきあった。同フォーラムの加盟団体・企業はその後も増え続け、5月24日時点で122企業・団体名前を連ねている。
また、これに先立つ3月2日には、NTT東日本と西日本がIOWNの初めての商用サービスを開始した。遠距離通信に付き物の遅延を従来の200分の1に抑える「オールフォトニクス・ネットワーク(APN) IOWN1.0」の提供と、遅延の可視化や遅延の調整機能を備えた端末装置の販売を始めたのである。ちなみに、IOWNには「1.0」から「4.0」までの4段階があり、NTTは最終的にチップ(半導体)内の完全な光化の実現を「2030年度以降」としている。
なぜ「製造業への進出」が難しかったか
とはいえ、話題を集めた初動のあとの数年は、IOWNには傍から見える進展が乏しかった。
昨年8月に筆者は、代表権を持つ会長としてIOWNの普及にエネルギーを注ぐ立場に変わっていた澤田氏に単独で会う機会があり、もっと内外での認知度を上げるべきではないかと質問したことがある。すると、澤田氏は……

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