NATO東京連絡事務所開設が意味するもの、しないもの

執筆者:鶴岡路人 2023年6月5日
タグ: NATO 日本 中国
エリア: アジア ヨーロッパ
7月のNATO首脳会合にも「AP4」(日、豪、韓、ニュージーランド)が招待される[写真は2023年4月4日、ベルギー・ブリュッセルのNATO本部で行われたフィンランド加盟後の旗揚げ式](C)AFP=時事
インド太平洋への継続的な関与・関心が形をとること、東京経由の情報がNATO本部に共有されることには意味がある。ただし、非現実的な期待を喧伝するのは誤りだ。中国は反対論のために危険性を煽るが、連絡事務所設置が安全保障環境を変化させるわけではない。日本としてこの連絡事務所をいかに有効に「活用」できるかが問われることになる。

 

 NATO(北大西洋条約機構)が東京に連絡事務所(liaison office)を設置する方向で、日本とNATOが調整を進めているというニュースは、2023年5月3日にNikkei Asiaが最初に報じてから、日本語メディアで報道が続いた他、英語メディアでも多く報じられた。中国がこの件に反発したことも、結果としてさらに注目を高める結果をもたらした。

日・NATO関係がここまで世界中で見出しになったのは稀なケースだったといえる。

 なぜここまで注目されたのか。これは、この連絡事務所設置がいかなる文脈に位置付けられるのかという問題に直結する。それは何を意味するのか、そして何を意味しないのか。順にみていこう。

なぜ注目されたのか?

 東京への連絡事務所設置は、端的にいって、NATOの対中戦略の一環だと理解されたために注目されることになった。そして当の中国が事務所設置に反発したことで、逆説的ではあるが、本件が対中政策ツールであることが強く印象付けられることにもなった。

 Nikkei Asiaの報道以降、中国外務省の会見では5月4日12日などに質問に答える形で、中国の反応が示されている。加えて、7月に開かれるリトアニアの首都ヴィリニュスでのNATO首脳会合への岸田文雄首相の出席が報じられるなかで、日本とNATOとの関係、およびNATOによるインド太平洋への関与について5月24日26日にも関連の質問があった。代表的な中国の言説は、たとえば下記の5月12日の会見での回答にみられる(英語版からの翻訳)。

 アジア太平洋はNATOの地理的範囲からは外れるものの、NATOはアジア太平洋諸国との関係を強化しており、東に進出することで地域の問題に介入し、ブロック間対立を引き起こしている。NATOは何をしたいのか。アジア太平洋を中心に世界中の国が警戒しなければならない。(中略)日本がNATOをアジア太平洋に拡大しようと画策しているか、世界中が監視している。アジアは世界で最も平和的で安定した地域の一つであり、協力と発展への期待が約束されている。地政学的な競争の場所ではない。前世紀における日本の軍事的侵略の歴史ゆえ、アジアの各国と国際社会は、日本の軍事・安全保障による行動を注意深く監視している。日本が歴史の教訓を学ぶことを強く求める。

 アジア太平洋へのNATOの関与自体が中国にとって不都合なのだろう。そして、日本へのメッセージとしては歴史を持ち出して抑制を求めるというのが中国の基本的なナラティブになっている。

 また、中国政府による公式ラインよりもさらに踏み込むことの多い共産党系の英字新聞Global Timesは、5月8日付の論考で、「日本におけるNATO連絡事務所は象徴的な動きではもはやなく、中国の周辺へのいわゆる安全保障防衛創設への実質的な動きであり、その標的は中国だ」「連絡事務所の危険を過小評価してはならず、長期的に、NATOによるアジア参入は敵対的パラダイムのアジアへの導入を意味する」と論評した。……

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。
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