日本株変調に「3つの要因」、乱気流を乗り切るエンジンは「日本経済の持久力」

執筆者:滝田洋一 2023年7月14日
エリア: アジア 北米
大企業・製造業の23年度の想定為替相場は1ドル=132円台。円高のピッチも懸念材料だ[円相場と日経平均株価の終値を示すモニター=7月13日午後、東京都中央区](C)時事
7月に入り株価が不安定な値動きを始めた背景には、まずは機関投資家のリバランス売りやETFの分配金捻出売りが大きな影響を与えている。ただし、そうした技術的な要因だけでの解釈は危うい。政策金利の「良い均衡」から乖離し始めた米国、デフレ転落が現実味を増す中国を考えに入れれば、日本株「真夏の夜の夢」に円満な結末が待つかどうかは日本経済の持久力がカギと考えた方がよさそうだ。

 

 4~6月と続いた日本株の快進撃が7月に入り、真夏の入道雲のような乱気流に入ったようだ。日経平均株価の最高値は1989年12月29日につけた3万8915円。年内にはその最高値更新といった掛け声も出たが、3万4000円に迫っていた株価はストンと3万1000円台に下落。その後、3万2000円台を回復したものの、『真夏の夜の夢』のように、最高値への「恋の旅路は滑らかではない(The course of true love never did run smooth.)」。市場参加者が日経平均株価をどう予想していたのか、その推移をたどることにしよう。

日経平均株価と株価予想
出典:QUICK月次調査〈株式〉 7月10日発表

 一目瞭然。1年後の日経平均の予測値は、4月時点の2万9301円→5月時点の2万9885円→6月時点の3万1807円→7月時点3万4290円に。1年後の予想値は4カ月間で5000円近く跳ね上がった。日経平均の高騰とともに、市場参加者の株価予想もうなぎ登りに上昇したのだ。

「長期予想を立てる際は、現在の状況に対する事実が、ある意味で不当な重みを持って計算に入ってくる。私たちはふつう、現状を踏まえて、それを未来に投影する習慣がある」。ケインズが『雇用、金利、通貨の一般理論』(大野一訳)の第12章「長期予想の状態」で喝破した通りである。みんながそろって強気に傾けば、次の場面ではその反動がでる。

アップル1社で「ラッセル2000」を凌駕

 今回の日本株高の起点は、4月11日のウォーレン・バフェット氏による日本株の買い増し宣言だった。そのころ米国の株式市場でも舞台回しの転換が起きていた。3月のシリコンバレーバンクの破綻以降、強まっていた金融不安の声を打ち消そうとするかのように、対話型のチャットGPTに象徴される生成AI(人工知能)に脚光が当たったのだ。

 金融不安の悪魔祓いよろしく、市場参加者はAIのシンギュラリティ(断絶的な進歩進化)の夢に飛び乗った。半導体のエヌビディアが救世主となった。GAFAMにテスラとエヌビディアを合わせた「セブン・シスターズ」が米国株市場を牽引した。ハイテク株が主体のナスダック総合株価指数は1~6月の半年間で32%も上昇。半期ベースの株価上昇率は日経平均の27%も上回った。

 6月半ば時点でアップル、マイクロソフト、アルファベット、アマゾン、エヌビディア、テスラ、メタの7銘柄だけで、S&P500を構成する主要500銘柄の30%近くを占めた。アップルに至っては株式時価総額が3兆ドル台に乗せ、中堅企業の多いラッセル2000を構成する2000銘柄をも凌駕した。どこかで経験した過熱感、そう2000年にかけてのドットコム・バブルである。

 米国のハイテク株の宴にはちょっと過熱感がある。そう警戒した投資家の分散投資先が日本株だった。日本株は企業収益に比べて割安感があり、かなりアンダーウエート(保有割合が少なめ)になっていた。脱デフレの先に到来するインフレの下では、収益も上向くという見通しのおまけもついた。まさに「現状を踏まえて、それを未来に投影する」日本株買いの渦が起きたのである。

 その日本株が7月に入って乱気流に入ったのも不思議ではない。3つの要因を挙げておこう。①機関投資家のリバランス売り、②米国の金融引き締め長期化見通し、③世界経済の失速懸念の台頭である。

 まず、技術的な要因から。①リバランス(運用先の調整)売りというのは、株価の値上がりで保有株式の資産価値が膨らんだことに伴う、機関投資家の株式売却である。200兆円あまりの資産を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)はじめ、機関投資家は資産を株式で運用する比率をあらかじめ決めている。

 GPIFの場合は国内株、外国株、国内債券、外国債券がそれぞれ全体の25%ずつ。日本株や米国株が高騰した結果、株式の資産価値が膨らみ、それぞれ25%の比率を上回った。このオーバーした分の株式を自動的に売っていくことになる。巨額の資産を運用していることから、「クジラの売り」と呼ばれている。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資産構成
出典:GPIF

 もうひとつは日本株で運用している上場投資信託(ETF)による株式売却。ETFは投資家に利益の分配金を支払うが、そのおカネを捻出するために株式を売却する。ETFによる株式売却額は1兆円規模にのぼったとみられる。

 悪いときには悪いことが重なる。7月6日には「ソシオショック」が株式市場を襲った。半導体設計のソシオネクストに売りが殺到し、投資家心理の冷え込みにつながった。2003年4月のソニーショックをご記憶の方もおられよう。ソニーショックの引き金は予想外の減収減益だったが、今回は業績悪化ではない。

 大株主による大量の株式売り出しである。前日の7月5日に日本政策投資銀行、富士通、パナソニックホールディングスの3社が、保有するソシオネクスト株を海外市場で売り出すと発表したのだ。売り出しは実に全株式の37.5%。投資家はざぶんと冷水を浴びせられたようなもの。

 しかも売り出しに加わった大株主の筆頭には政投資の名があった。まさかこのところの株高が急だったので、政府系金融機関が「売りオペ」に出たわけではあるまい。予定されていた売却というにしても、政府の半導体産業育成というテーマとは真逆、と投資家の目に映ったのもやむをえまい。

政策金利の「良い均衡」から乖離した米国

 もちろん、より本質的な要因がある。……

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
滝田洋一(たきたよういち) 1957年千葉県生れ。日本経済新聞社特任編集委員。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」解説キャスター。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了後、1981年日本経済新聞社入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員などを経て現職。リーマン・ショックに伴う世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』『コロナクライシス』など。
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