“粘るリング際の悪役レスラー”トランプ経済が望む円安是正と「日本国債の乱」防止

執筆者:滝田洋一 2025年6月20日
エリア: アジア 北米
メディアは「減額ペースの緩和」を見出しにとったが、実はQTはここからが本番[金融政策決定会合を終え記者会見する日銀の植田和男総裁=2025年6月17日](C)EPA=時事
「トランプ関税によるインフレ加速」との弱気シナリオは足元で修正を迫られている。企業の関税コスト吸収は想定以上、長期金利上昇も起きていない。ここで大車輪の活躍なのが日本だ。米国債を世界で最も多く安定保有し、USスチールには約2兆円を振舞った。外国人投資家の日本株買い越しはこの存在感アップに起因しよう。関税交渉の行方は読めないが、懸念も頼みの綱も“悪役レスラー”という奇妙な構図に組み込まれた日本の外発的課題は明確だ。

 痛手を負っているのにしぶとい。スタグフレーション(不況下のインフレ)入りが取りざたされていたのに、「リング際の悪役レスラー」のような粘りをみせる米国の経済と市場。トランプ関税という逆風に直面する日本も、頼みの綱はそんな米国の地力かもしれない。

 警戒シグナルは点滅している。トランプ関税の影響で製造業の景況指数は低下傾向。おまけに6月13日にイスラエルがイランへの先制攻撃に踏み切ったことで、中東情勢は一気に緊迫化。ドナルド・トランプ米大統領がその後、イランに「無条件降伏(unconditional surrender!)」を求める最後通牒を突き付けたことで、いつ米国が参戦してもおかしくない雲行きになっている。

 経済と市場にとって悪いニュースには事欠かない。なのに、アトランタ連銀のGDPナウ(足元予測)では4~6月期の実質成長率の見通しは、6月18日時点で前期比年率3.4%となっている。米労働省の雇用統計でも5月の非農業部門就業者数は前月比で13.9万人増加した。米ミシガン大学が集計した6月の消費者マインド指数も、2024年1月以来の大幅上昇となった。

 トランプ関税によるインフレ加速という、弱気シナリオが土俵際で食い止められているのだ。ほかでもない。米国への輸出国のメーカーが出荷価格の値下げという形で、関税引き上げ分を飲み込んでいるからだ。日銀が発表した5月の企業物価指数によると、北米向け乗用車の輸出価格は契約通貨ベースで前年同月比18.9%下落した。

 この輸出価格の下落率は、4月のマイナス8.1%から一段と拡大した。日本などの輸出国側が関税引き上げ分を飲み込んだおかげで、米国の5月の消費者物価は前年同月比2.4%増、卸売物価も同2.6%増と比較的抑えられている。関税を外国への課税であるとするトランプ大統領の主張をエコノミストは冷笑したが、どっこい大統領にも一理あったのである。

 GDPナウで4~6月期の見通しが3%台半ばなのは、3月までの駆け込み輸入の反動である。5月のロサンゼルス港の輸入貨物量は前年同月比9%減少した。海上輸送による米国への自動車輸入量をみると5月は同72.3%の大幅減となった。米国小売業者向けの輸入コンテナ量も5月は同8.1%減が見込まれる。

 国内総生産(GDP)から差し引かれる輸入が減る分、GDPは押し上げられる。輸出国側にしわを寄せる米景気の押し上げが、どの程度持続するかは保証の限りではない。世界経済が下振れすれば、めぐりめぐって米国からの輸出も減少するからだ。それが困るとなると、トランプ政権は為替市場でドル安を容認し、為替面から米国の輸出を後押しするだろう。

ここまではFRBの「逆ザヤ」が米景気を下支え

 トランプ関税をめぐるこの辺の事情は、だいぶ織り込まれてきたようだ。だが、依然として残る疑問がある。トランプ大統領も業を煮やす高金利の下でも、米国の内需はなぜ底割れしないのかだ。高金利に耐えかねて商業用不動産が底割れ状態になるなど、ストック面の軋みも広がっているが、それでもリーマン・ショックのような金融危機には至っていない。

カテゴリ: 経済・ビジネス
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
滝田洋一(たきたよういち) 名古屋外国語大学特任教授 1957年千葉県生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了後、1981年日本経済新聞社入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員、特任編集員などを歴任後、2024年4月より現職。リーマン・ショックに伴う世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」解説キャスターも務めた。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』『コロナクライシス』など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f