
痛手を負っているのにしぶとい。スタグフレーション(不況下のインフレ)入りが取りざたされていたのに、「リング際の悪役レスラー」のような粘りをみせる米国の経済と市場。トランプ関税という逆風に直面する日本も、頼みの綱はそんな米国の地力かもしれない。
警戒シグナルは点滅している。トランプ関税の影響で製造業の景況指数は低下傾向。おまけに6月13日にイスラエルがイランへの先制攻撃に踏み切ったことで、中東情勢は一気に緊迫化。ドナルド・トランプ米大統領がその後、イランに「無条件降伏(unconditional surrender!)」を求める最後通牒を突き付けたことで、いつ米国が参戦してもおかしくない雲行きになっている。
経済と市場にとって悪いニュースには事欠かない。なのに、アトランタ連銀のGDPナウ(足元予測)では4~6月期の実質成長率の見通しは、6月18日時点で前期比年率3.4%となっている。米労働省の雇用統計でも5月の非農業部門就業者数は前月比で13.9万人増加した。米ミシガン大学が集計した6月の消費者マインド指数も、2024年1月以来の大幅上昇となった。
トランプ関税によるインフレ加速という、弱気シナリオが土俵際で食い止められているのだ。ほかでもない。米国への輸出国のメーカーが出荷価格の値下げという形で、関税引き上げ分を飲み込んでいるからだ。日銀が発表した5月の企業物価指数によると、北米向け乗用車の輸出価格は契約通貨ベースで前年同月比18.9%下落した。
この輸出価格の下落率は、4月のマイナス8.1%から一段と拡大した。日本などの輸出国側が関税引き上げ分を飲み込んだおかげで、米国の5月の消費者物価は前年同月比2.4%増、卸売物価も同2.6%増と比較的抑えられている。関税を外国への課税であるとするトランプ大統領の主張をエコノミストは冷笑したが、どっこい大統領にも一理あったのである。
GDPナウで4~6月期の見通しが3%台半ばなのは、3月までの駆け込み輸入の反動である。5月のロサンゼルス港の輸入貨物量は前年同月比9%減少した。海上輸送による米国への自動車輸入量をみると5月は同72.3%の大幅減となった。米国小売業者向けの輸入コンテナ量も5月は同8.1%減が見込まれる。
国内総生産(GDP)から差し引かれる輸入が減る分、GDPは押し上げられる。輸出国側にしわを寄せる米景気の押し上げが、どの程度持続するかは保証の限りではない。世界経済が下振れすれば、めぐりめぐって米国からの輸出も減少するからだ。それが困るとなると、トランプ政権は為替市場でドル安を容認し、為替面から米国の輸出を後押しするだろう。
ここまではFRBの「逆ザヤ」が米景気を下支え
トランプ関税をめぐるこの辺の事情は、だいぶ織り込まれてきたようだ。だが、依然として残る疑問がある。トランプ大統領も業を煮やす高金利の下でも、米国の内需はなぜ底割れしないのかだ。高金利に耐えかねて商業用不動産が底割れ状態になるなど、ストック面の軋みも広がっているが、それでもリーマン・ショックのような金融危機には至っていない。

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