中国経済:「ピーク・チャイナ論」はどこまで正しいか

執筆者:福本智之 2024年1月24日
タグ: 中国
エリア: アジア
不動産デベロッパーの経営に不安がある現状では、需要喚起策の効果は限定される[2024年1月16日、中国・上海](C)EPA=時事
“日本化”リスクも政治リスクも本質を捉えた指摘だが、バブル崩壊後の日本のような1%成長時代がすぐに訪れると見るのは早計だ。「新型工業化」の進展や農村から都市への人口移動を勘案すれば、リスクシナリオでも2028年の成長率は3.5%前後と考えられる。ただし、その減速ペースをさらに加速するか遅らせるかは、いまだ三中総会が開かれず議論が続いているはずの不動産市場対策と改革開放の具体策に大きく左右されるだろう。

 2023年の中国経済の成長率は5.2%となり、中国政府が掲げた5%程度の成長目標は達成した。しかし、上海等大都市の都市封鎖で成長が落ち込んだ前年(2022年)の低い水準から、経済再開によって力強い回復を期待する見方が多かったがそうはならず、弱さが目立った。2022年と2023年の成長率を平均すると4.1%とコロナ前(2019年6.0%)からははっきり減速した。

「ピーク・チャイナ」論の二つの見方

 弱い中国経済のパフォーマンスを目の当たりにして、中国経済がすでに「ピークを打った」とする「ピーク・チャイナ」論が、海外の多くの識者から次々提示された。識者の主張は様々だが、大別すると二つの見方があり、第一の見方は、中国経済が「日本化」する、つまり、1990年代以降に経済成長が失速した日本と同様の道を辿る可能性が高いとするものである。第二の見方は、より根本的な中国の政治体制の問題によって経済の活力が蝕まれていく、とするものである。

 第一の見方は、現在の中国経済と1990年代の日本経済との類似性に着目する。過剰債務や投資依存の経済構造、不動産バブル崩壊や金融システムの脆弱化、高齢化・生産年齢人口減少などの人口動態の変化といった面で、現在の中国経済は、90年代の日本に類似しているとする。

 外交問題評議会(CFR)国際政治経済フェローのゾンユエン・リウ(劉宗媛)1は、「中国経済は、膨張する債務、弱い需要、人口動態の変化という日本式減速のリスクにますます直面している」と指摘する。また、野村総研チーフエコノミストのリチャード・クーは、(現在の中国と1990年代の日本の)「重要な共通点は、両者とも債務によって形成されたバブルの崩壊を経験しているという点だ。資産価格が債務価値に比べて急落すると、家計や企業は過剰な債務を抱え、デレバレッジを余儀なくされる。……デレバレッジした資金を借りたり使ったりする人がほとんどいなくなると、経済は必ずバランスシート不況に陥る」とする。

 第二の見方は、中国の政治体制に内在する問題が経済の活力を蝕んでいるとする。特に、習近平政権移行後、共産党・政府が、市場経済への介入を強めており、それによって民営経済の活力が損なわれているという見方である。

 トレド大学経済学名誉教授のジェネ・H・チャンは、「中国が現在直面しているのは、より根本的な問題であり、その体制とも関連している。中国は過去10年間、鄧小平の下で始まった事実上の民営化プロセスを打ち切り、正統なマルクス主義に置き換えてきた。……中央・地方政府は、経済と社会全体に対する支配力を行使し、拡大している。民営企業に対して差別的な措置をとり、融資に高い金利を課したり、民営企業に共産党の細胞を設置して経営に影響を与え、指導したり、さらには企業に株式を無償で放棄させ政府に提供させたりしている。こうした政策は企業家のインセンティブを損ない、経済効率を低下させている」とする。

 また、ピーターソン国際経済研究所所長のアダム・ポーゼン2は、習近平政権移行後の民営企業に対する統制強化や恣意的なコロナ政策の急変などを挙げ、「独裁的な政権が『政治マターでなければ、(自由に行動して)問題はない』という約束に違反した場合、経済的な影響は広範囲に及ぶ。自分ではどうしようもない不確実性に直面すると、人々は自己保険をかけようとする。……リスク回避志向の高まりと予防的貯蓄の増加は、金融危機後の余波に似たかたちで、成長の足かせとなる」。「その一方で、経済を舵取りし、マクロ経済ショックから経済を守る政府の能力は低下する。国民は、ある政策が恣意的に実施される可能性があること、ある日には拡大され、次の日には撤回される可能性があることを知っているため、景気刺激策などへの反応が鈍くなる」とする。

「日本化」の懸念は確かにあるが

 筆者は、いずれの見方も中国経済が直面している問題を一面で鋭く言い当てていると考える。ただし、重要なのは、それらの問題が、中国の経済成長にどの程度ダメージを与えるかである。結論を先取りすれば、筆者は、識者が指摘するのと同様の理由によって、中国経済の成長減速が、以前の想定よりは速まるものの、日本がバブル崩壊後に陥ったような1%程度の成長率まで急速に鈍化するわけではないだろうとみている。

 まず、第一の見方、すなわち、中国経済の「日本化」の懸念は確かにある。特に、90年代の日本のように、不動産不況が長引いていることが最大の懸念材料だ。ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授によれば、不動産は、直接・間接の影響を含めると中国のGDP(国内総生産)の25%を占める。現在、民間消費の回復が弱いのは、家計の保有資産の7割を占める住宅の価格の下落が続いていることが影響している。不動産市場が安定化しなければ、成長減速が想定以上に進むことは避けられない。仮に、大規模デベロッパーの連鎖的破綻や不動産価格の大幅な下落が起これば、経済危機を招くリスクもゼロではない。

 不動産市場に対する政府の対応は、現状は不十分だ。政府の施策は、住宅ローンの規制緩和など需要喚起策に終始しており、住宅販売は低調な状態が続いている。2023年の不動産販売面積、不動産開発投資はそれぞれ前年比8.5%減、9.6%減と前年に続いて落ち込んだ。中国の住宅市場では、大半が予約販売の形式をとるため、販売から2年以上経過しないと住宅は引き渡されない。供給者である不動産デベロッパーの経営に不安がある現状では、需要喚起策の効果は限定される。庶民は住宅引き渡しを受けられないことを恐れて住宅を買えない状況だ。

 不動産市場を安定化させるためには、政府が主導して、公的資金の導入も行い、デベロッパー業界の再編・健全化を進めるべきだろう。政府は、モラルハザードや大衆の反発への懸念もあり、そこまでの策を打っていない。しかし、いずれ、住宅を引き渡されていない国民の不満が全国に広がり、社会問題として放置できないレベルとなれば、政府は重い腰を上げるのではないか。または、不動産不況が金融システム、特に多くの中小金融機関の経営を揺るがす事態になれば、金融システム面への懸念から対応が打たれることも考えられる。いずれにしても、最終的には、中国政府・共産党のコントロール力が発揮され、日本式不動産バブル崩壊と金融危機ほどまでの深刻な状況は回避されると筆者はみている。

「不動産」を除けば民間投資は前年比9.2%増

 一方、第二の見方、つまり中国の政治体制に内在する問題が経済を蝕んでいるとの見方に筆者も同意する。確かに習近平政権に移行後、政府や国有経済の役割が強調され、民営経済への統制が一部で強化されており、筆者も憂慮している。民営企業家や庶民が政府の経済運営に対する不信感を強めており、それは民営経済の活力や家計消費に影響を与えているのは間違いない。ただし、中国の民営企業は、……

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
福本智之(ふくもとともゆき) 大阪経済大学経済学部教授 1989年日本銀行入行。2000年在中国大使館一等書記官、2010年日本銀行国際局総務課長、2011年国際局参事役(IMF世界銀行東京総会準備を担当)、2012年北京事務所長、2015年北九州支店長、2017年国際局審議役(アジア担当総括)、2020年国際局長を歴任後、2021年4月より現職。株式会社経営共創基盤シニアフェロー、東京財団政策研究所研究員を兼任。1989年京都大学法学部卒、1995年香港中文大学、1996年対外経済貿易大学留学、2008~2009年ハーバード大学ケネディ行政学院フェロー。著書に『中国減速の深層 「共同富裕」時代のリスクとチャンス』 (日本経済新聞出版)がある。
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