愛用のテフロン片手鍋の表面がはがれてきた。そろそろ寿命かなと思いつつも捨てられない。もともとテフロン加工がされていなかったと思えば、まだ使えるだろう。でも、餃子を焼いたりビーフンを炒めたりするとき、テフロンのはがれている部分に餃子の皮やビーフンが数本こびりついて面倒なことになる。杓文字(しゃもじ)でごしごしはがそうとするのだが、なかなか手強い。そういうときは、「もう捨てるぞ!」と宣言してみるが、洗って水切りかごに乗せると、まだきれいな様子である。
「ちょっとアザができたぐらいで、リストラしないでくださいまし」
鍋がそう叫んでいるように見えてきて、また戸棚にしまう。
テフロン鍋というものを使うようになってどれくらい月日が経っただろう。四十年前、親元を離れて初めての一人暮らしをするとき、何より最初に買ったのは、片手中華鍋だった。あの頃にはもうテフロン鍋というものは存在していたのかもしれないが、私は中華鍋がこよなく好きだった。これさえあれば、なんだって作れる。炒め物も揚げ物も、シチューだってカレーだってもってこいだ。1DKの小さな台所に鍋をいくつも収納できるスペースはない。中華鍋一つでじゅうぶんだと思った。
実際、その中華鍋でどれほど料理をしただろう。それこそ炒めビーフン、麻婆豆腐、木須肉(ムース―ロー)などの中華料理はもちろんのこと、野菜を蒸したりスパゲッティを茹でたりするのもその鍋を使った。カブと油揚げの炒め煮やきんぴらゴボウを作るときも利用した。
特に中華料理の炒め物をするときは、右手にお玉か杓文字、左手に菜箸を持ち、強火にして勢いよくかき混ぜなければならない。片手だけではうまく混ざらない。だから両手を使いたい。となると、鍋を固定させる手が足りない。鍋の揺れを抑えるためにはどうするか。取っ手の先をお腹で押さえる。我ながらいいことを思いついたと自慢したい気持であったが、その姿を見た友人知人は、たいてい笑う。
「お腹で鍋を押さえる人なんて、見たことない!」
そうかなあ。私は昔からやっているけど。なぜ私はお腹で鍋を固定するようになったのか。改めて考える。
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