やっぱり残るは食欲 (18)

いっぺーまーさん

執筆者:阿川佐和子 2024年1月4日
カテゴリ: カルチャー
エリア: アジア
沖縄そばにラフテー、ゴーヤチャンプルー、海ぶどう……沖縄料理の奥は深い!(写真はイメージです)

 沖縄ナウ! 那覇空港から北へ車で三十分ほどの宜野湾市に来ております。

 さるトークショーで働いたお礼として、スポンサー様からホテルの宿泊券をいただいた。やったね。と意気込んで数ヶ月前に予約をし、準備万全、抜かりなく休みを取るつもりでいたにもかかわらず、そういうときに限って原稿の締め切りは重なるもの。結局、二泊三日のその旅は、原稿執筆の缶詰宿泊と化す。こうなったら市内観光はさっぱり諦めて、ホテル内とその周辺を楽しむしかない。

 幸か不幸か、観光名所ひしめく那覇市からはだいぶ離れている。ホテルの前には美しい海が広がり、ヨットハーバーと小さなビーチが見えるのみ。レンタカーを使えば少し遠出することができるかもしれないが、それをしたらきっと一日中、遊び回ってしまうだろう。自分で言うのもナンだが、案外、真面目なのである。ぐっとこらえて目を閉じる。ホテルにチェックインするや、周辺地図を手に入れ、ついでにフロントにて、

「この近くでおいしいレストランはどこかありますか?」

 訊ねると、

「歩いて行けるところでですか? うーむ。居酒屋さんは多いんですけどねえ」

 観光も海遊びもできないとなれば、楽しみは食べることだけだ。もちろんホテル内にもレストランはあるが、せっかく沖縄に来たのだ。朝はホテルのビュッフェを満喫するとして、晩ご飯は街中へ出て地元の味を試してみたい。小さな地図を凝視しながら吟味する。

 そこで活躍するのはスマホのネット情報だ。日本にやってくる外国人観光客のエネルギーを見習おうではないか。

 最近の外国人観光客の調査能力にはつくづく感心させられる。先日も、家の近所の小さな寿司屋に入ったら、外国人の家族が座っていた。目が合ったので、その勢いでどうしてこの店を知ったのかと訊ねたところ、

 「信頼できるフランス人の料理評論家が、この店のことを書いていたから」

 食べ歩きが趣味とお見受けする家族はさらに、

 「明日はここに行こうかと思っているんだけど、知ってる?」

 ネット情報を見せられた。住所はたしかに我が家の近くの鉄板焼き屋ではあるが、ぜんぜん知りません。そんなおいしいお店があるんですか? と、こちらが聞きたくなるような隠れ家的レストランである。よくそんなニッチな店を見つけ出すものだ。

 私にしてみれば、沖縄は極めて見知らぬ土地である。まして宜野湾市に来たのは初めてだ……と思う。が、外国人観光客より優位な点は、言葉が通じることである。頑張って探そうではないか。

 沖縄へ来るのは初めてではない。たしか返還直後に父と一緒に訪れたのを皮切りに、テレビ番組のロケや雑誌の仕事などを含め、四、五回は来ているはずだ。ただ、いつも案内してくださる人のうしろにくっついて回るばかりで、自ら探索したことがない。訪れた場所はすべて点として残像が浮かぶのみで、線として繋がっていない。

 アメリカ風のステーキを食べたこと。市場で珍しい果物を試食したこと。豆腐ようは中国料理で使う腐乳と似た味だと思ったこと。沖縄のそばは太くてかたいと驚いたこと。胡麻豆腐かと思ったらピーナッツ豆腐だと知ったこと。そんな断片的な味の記憶があるぐらいだ。が、どうも腑に落ちない。この程度では、まるで寿司と芸者と富士山を挙げて、「日本を知っている」と豪語する昔の外国人のようである。麻婆豆腐とエビチリと酢豚しか食べずに「中国料理が好きだ」という日本人みたいではないか。

 なにかが足りない気がする。もう少し沖縄の味は奥が深いはずである。

 それを知るためには、自分の勘と足を頼りに探し出すしかない。そんな気概を持って地図に載っている居酒屋の名前を一つずつネットで検索していった。

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
阿川佐和子(あがわさわこ) 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top