今年11月5日に予定されている米国大統領選は、ジョー・バイデン現大統領とドナルド・トランプ前大統領との争いが確実となり、トランプ氏の優勢を示す世論調査も少なくない。仮にトランプ大統領が復活すれば、国際情勢に大きな変化が起きることは間違いなさそうである。
現時点までにトランプ氏が明言しているものだけでも、中国からの輸入品に対する一律60%の関税やインド太平洋経済枠組み(IPEF)の破棄のほか、気候変動対策枠組みパリ協定からの再離脱、NATO(北大西洋条約機構)加盟国に対する軍事費負担の増額要求、さらにはNATO離脱を検討する可能性までも指摘される。そのほか、ウクライナ領土のロシアへの割譲による停戦案を語るなど、多方面で現バイデン政権と大きく異なる方向性が示されている。
これらを本当に実行すれば、中国は反発を強め、多くの同盟国や有志国が米国と距離を置かざるを得なくなろう。特にグリーン政策やウクライナ支援を重要課題とする欧州と米国との関係は、前回のトランプ政権時と同様に冷え切ってしまう可能性が高い。そうなれば、経済安全保障の強化という大義名分の下、G7諸国を中心に形成してきた事実上の中国包囲網は崩壊し、中国はその間隙を縫って、まずは欧州諸国への接近を図るのではないか。
中国市場で欧州企業の存在感高まる見込み
その場合、欧州諸国はどう対応するのか。3月下旬に欧州へ出張した際、その辺りの感触を現地のエコノミストや金融機関、メディア関係者などと意見交換してきたが、英国については香港問題もあって、そもそも中国に対する親密さはなく、特に議会の対中姿勢は厳しく、Brexit後は米国と足並みを揃える傾向を強めているため、中国が付け入る隙はあまりなさそうである。昨年11月に外相に就任したデービッド・キャメロン元首相は親中ということもあり、中国製品を締め出すほどの動きはないものの、接近を図る素振りも見られない。
一方、大陸欧州では様子が異なるようである。中国市場への依存度が大きいドイツでは、安価な中国製EV(電気自動車)の流入が国内メーカーの業績を圧迫することが問題視されてはいるが、中国との完全なデカップリングは難しいとの見方が大勢であった。フランスも、エマニュエル・マクロン大統領が昨年4月にビジネス代表団を連れて訪中、習近平国家主席と会談しており、中国になびく可能性が指摘された。中国が大陸欧州諸国の切り崩しを図る余地は十分にあろう。
欧中の接近は、両地域間の貿易を拡大させるだけではなく、中国市場における外資系企業の勢力図を変化させる可能性にも注意が必要である。これまでG7が中国包囲網を形成する過程で、西側諸国と中国市場をデカップリング(分断)するのではなく、デリキング(リスクの軽減)にとどめるべきだと言い出したのは欧州である。中国市場を虎視眈々と狙う欧州の下心が透けて見える。
すなわち、仮に米国がトランプ政権となり、中国が自らの市場への優先的な参入を撒き餌として欧州へ秋波を送れば、中国と欧州が引き寄せあうのは必定である。そうなれば、中国市場における欧州企業の存在感は高まっていくことになろう。
日本企業にとって、このところ消極姿勢の中国市場を欧州勢に奪われることに抵抗はない、という向きもあろう。しかしながら、所得水準は先進国の入り口付近まで上昇、未だ先進国を超えるスピードで成長している巨大な中国市場を、大きな収益源としている企業も少なくない。これら日本企業としては、欧州勢の攻勢から中国市場を守る必要があろう。同時に、これまでは日本企業が圧倒的に優位な立場にあり、生産拠点としても市場としても有望なASEAN(東南アジア諸国連合)の重要性を再認識することも不可欠である。
中国に侵食されるASEAN市場
そのASEAN市場の状況であるが、必ずしも安泰というわけではない。ASEAN市場における日本企業の優位性を象徴的に示す代表例は自動車の国別シェアであるが、2020年にタイで88%、インドネシアでは95%もあった日本車のシェアが、2023年にはそれぞれ78%、92%へ低下している。それでも、まだ圧倒的な存在ではあるが、タイではわずか3年で1割もシェアが落ちているわけであり、看過できない。
この間にシェアを高めたのは中国車で、タイでは3.6%から10.9%へ7%ポイント超の上昇、インドネシアでも1.7%から3.1%へほぼ倍増している。
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