メキシコの内なる最大リスクは「三権分立の危機」 懸念される「アムロ院政」と憲法改正による「最高裁改革」

メキシコでは6月2日の選挙で、現大統領アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(通称アムロ、※イニシアルのA.M.L.O.から)の後継者クラウディア・シェインバウムが、およそ60%という高い得票率で大統領に当選した。メキシコ史上初の女性大統領である。同時に実施された国会議員選挙では、MORENA(国民再生運動)、PVEM(緑の党)、PT(労働党)の与党連合が、下院の全500議席中372議席、上院の全128議席中83議席を獲得した。この数字は、下院で憲法改正に必要な議席数(全議席数の3分の2)を満たし、上院ではわずかに2議席足りないことを意味する。なお、選挙結果については現在、選挙区ごとに与野党双方から選挙裁判所への不服申し立てがなされており、上記の議席数はその審査結果が出る前のものである。
選挙キャンペーン期間中の2月5日に、アムロは国会に20項目からなる憲法と法の改正案を上程していた。選挙前の国会では上下両院とも与党連合の議席は3分の2に届かず、憲法改正案が承認される見通しは低かった。上程は選挙のためのパフォーマンス、改正案は選挙公約のようなもので、アムロは選挙で3分の2を得て、新国会での憲法改正の実現を狙っているとの見方があった。その見方を裏付けるように、与党連合の圧勝後に、憲法改正が現実味を帯びてきた。
なぜ司法改革か――最高裁が与党法案に違憲判決
選挙後最初に浮上したのは20項目の一つにあげられている憲法改正による司法改革である。その内容で重要なのは、裁判所の判事を国民投票で選出すること、中でも最高裁判所判事を現在の11名から9名に削減し、行政府、立法府、司法府が10人ずつ推薦する中から国民投票で選出するとしていることである。この案に対し、三権分立を危うくするとして、野党、法曹界、財界から一斉に反対の声が上がった。市場もこの動きに敏感に反応し、通貨ペソは選挙後の10日間で10%も下落した。
20項目のなかでなぜ最初に司法改革が選ばれたのか。その背景には、アムロ政権の改革に対し最高裁がたびたび違憲裁定を下してきたことがある。重要な事例としてエネルギー改革(「投資ブームに沸くメキシコが抱える3つのリスク」2024年5月3日)、選挙制度改革、国家警備隊を国防省の指揮下に置く法改正などがある。
選挙制度改革の重要な内容としては、選挙の監視と実務を担う独立自治機関である国家選挙庁(INE)の縮小改編と、比例代表区の廃止による上院と下院の議員数削減がある。アムロはそのための憲法改正案を国会に上程したが、3分の2の賛同をえられなかった。そこで既存の法律の関連条項の改正でINEの縮小改編を図り、国会の承認を経て改正法を公布した。これに対しINEは、憲法が選挙のための独立自治機関と定めるINEを憲法改正の手続きを経ずに縮小改編することは憲法違反であるとして提訴し、最高裁は違憲と裁定した。
国家警備隊を国防省の指揮下に置く法改正については、野党から提出された違憲提訴に対し最高裁が、憲法が文民統制の警察組織と定義する国家警備隊を国防省の指揮下におくことは違憲であると裁定した。
このように最高裁はアムロ政権の改革の前に立ちはだかる壁となってきた。しかし司法改革によりこの壁が取り払われ、憲法改正が容易になれば、アムロがめざす改革は一気に進むことになる。前述の20項目にはエネルギー改革、選挙制度改革、国家警備隊を国防省の指揮下に置く法改正、さらにはINEやエネルギー改革で違憲訴訟を提訴した連邦経済競争委員会などの独立自治機関の廃止・省庁への統合なども含まれている。アムロ政権にとって司法改革は諸改革実現の突破口といえるのである。
山場は9月、注目される与党側の戦術
当選議員を招集しての新国会は9月1日に幕を開ける。一方シェインバウムの大統領就任は10月1日である。つまりアムロは任期最後の1カ月に、自らのイニシアティブで憲法改正による司法改革を実現する機会を得た。
MORENA幹部は9月新国会での憲法改正案承認をめざして、すでに動き出している。

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