トランプ「メキシコ叩き」が早くも激化、メキシコ側の対抗戦略と帰趨を握る要素とは

執筆者:星野妙子 2024年11月28日
タグ: トランプ 中国
エリア: アジア 北米 中南米
近年、米国に近いメキシコ北部に拠点を構える中国企業が徐々に増えている[G20サミットで握手を交わすシェインバウム大統領(左)と習近平国家主席=2024年11月18日、ブラジル・リオデジャネイロ/Mexico's Presidency press office](C)AFP=時事
大統領選の期間中からメキシコへの高関税政策を宣言してきたトランプ氏に対し、メキシコのシェインバウム大統領は相互補完を強調すると考えられる。だが、トランプ氏が合成麻薬「フェンタニル」の流入阻止を理由に改めて関税賦課を唱えたように、この問題は経済合理性だけでは動かない。USMCA見直しを2026年に控える中、中国からの迂回輸出という懸案も加わり、北米3カ国の貿易体制は大きな変革期に入っている。①トランプ政権のメキシコへの要求、②中国企業(特にBYD)の動き、③メキシコの制度改革に対する米加両政府と進出企業の反応、④これらに対するシェインバウム政権の対応という、4要素の相互作用に注目すべきだ。

 第2次トランプ政権誕生で最も打撃を受ける国として、中国と並んで名前があがるのがメキシコである。ドナルド・トランプ氏がメキシコを叩く理由は主に3つ。第1に生産拠点のメキシコ移転による米国の産業空洞化、第2にメキシコを経由した不法移民の流入、第3にメキシコの犯罪組織による違法薬物の密輸である。トランプ氏は大統領選挙戦最終日の演説で、10月に就任したばかりのメキシコのクラウディア・シェインバウム大統領に向けて、米国へなだれを打って流入する不法移民と違法薬物を取り締まらなければ、メキシコからの輸入品に25%の関税をかけると宣言し、支持者から拍手喝采を浴びた。さらに11月25日にはSNSで、メキシコとカナダに就任初日に25%の関税を課す命令を出すと表明した。

原産地規則の大幅強化に続く関税引き上げ

 関税引き上げは対米輸出依存率82.7%(2023年)のメキシコにとって脅威である。仮に25%の関税が実現すれば、メキシコ経済は大打撃を被るだろう。

 1994年の北米自由貿易協定(NAFTA)発効以降、米国、カナダ、メキシコの3カ国間で比較優位に基づく生産拠点の再配置が進んだ。その最も典型的な事例が、今やメキシコの代表的輸出産業となった自動車産業である。メキシコに割り当てられたのは、人件費の安さを生かした低価格帯の車の組み立てと、組み立て作業の多い部品の生産であった。再配置の過程で米国からメキシコへの生産拠点の移転が進んだことが、トランプ氏のメキシコたたきにつながっている。2008年のリーマンショック後にグローバル競争が激化、世界の自動車・部品メーカーの進出が加速し、メキシコは自動車産業の一大集積地となった。日本の大手メーカーも2010年代までにメキシコに勢揃いしている。つまりトランプ氏のメキシコたたきは日本も無縁ではありえない。

 関税が大打撃となるのは、以上のような経緯もあって、サプライチェーンが国境を越えて形成されていることによる。完成車に組み込まれるまでに、部品は何度も国境を越えるといわれており、そのたびに25%の関税が課されれば、製造コストが跳ね上がり、安い人件費の魅力は色あせ、メキシコは比較優位を失うことになる。

 生産拠点をメキシコから米国に回帰させるべく、第1次トランプ政権はNAFTAの見直しを要求し、その結果、新たに米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が締結され、2020年に発効した。NAFTAからUSMCAへの大きな変更点は、素材・部品の米国からの調達が有利になるように、原産地規則が大幅に強化されたことである。域外から輸入する素材・部品が多いメキシコ自動車産業への影響は甚大で、厳しい原産地規則に対応可能なサプライチェーンの構築は、未だに道半ばである。発効から6年後に3カ国間で見直しの協議をすると協定は規定しており、2026年がその年にあたる。

「相互依存」でトランプ氏を説得できるか

 シェインバウム大統領はアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(通称アムロ)前大統領の政治手法を踏襲して、平日毎朝、国民にむけた会見番組をテレビやネットでライブ配信している。大統領選でのトランプ氏の勝利が確実になった11月6日の会見では、「心配する理由は何もなく、両国の良好な関係は維持される」と訴え国民の不安払拭に努めていたが、さすがに当惑の表情を隠しきれなかった。

 シェインバウム政権は関税引き上げとUSMCA見直しにどう臨むのか。同政権において次期トランプ政権との交渉に当たるのは、経済省のマルセロ・エブラール大臣である。彼はアムロ政権で外務大臣を務め、第1次トランプ政権とのUSMCA交渉を経験している。具体的な対応策は、今後の相手方の出方によって決まると考えられるが、シェインバウム大統領とエブラール経済大臣は朝の会見番組や経済界との会合で、USMCA存続のために次期トランプ政権を説得する交渉の基本ラインについて、次のように説明している。

 すなわち、メキシコと米国の経済は深く統合されており、競争関係ではなく補完関係にある。関税はメキシコ経済のみならず、米国経済にとっても打撃となるため、対立よりむしろ協力により補完関係を強化し、北米経済圏の競争力をアジア経済圏以上に高めよう、と呼び掛ける。両国の利益を体現するメキシコに進出する米国企業には、米国内でのトランプ政権説得の支援を期待している。現在トランプ氏の政権移行チームのために、両国経済の相互依存の実態に関する報告書を作成中である。

 メキシコと米国の経済が補完関係にあることは、トランプ氏も先刻承知と考えられる。それでもメキシコを叩くのは、補完関係の利益がメキシコに流れ、米国は不利益を被っていると、トランプ氏とその支持者が考えているためだろう。メキシコ側は、そうではなく米国も多大の利益を受けていて、補完関係が崩れれば米国の損失も甚大であると説得する方針らしい。それに納得するか否かは別として、いずれにしても次期トランプ政権は米国の利益の最大化をめざして交渉に臨むだろう。ただし、シェインバウム政権にとって極めて難しい交渉になろう。

メキシコ経由の中国製品の域内流入を警戒

 難しい交渉となるのは、中国問題という、USMCA締結時にはなかった新たな交渉課題が浮上したことによる。

 コロナ禍と米中貿易摩擦によってニアショア投資ブームが起き、近年メキシコに対米輸出のための生産拠点を構える外国企業が増加している。その一角を占めるのが中国企業である。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
星野妙子(ほしのたえこ) 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所名誉研究員。1952年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科後期博士課程単位習得、満期退学。1981年アジア経済研究所入所。2017年まで同研究所にてラテンアメリカ、特にメキシコを担当し、「担い手」(企業家や企業・産業)に注目して経済発展の問題を調査研究。1984-1987年、2010-2012年メキシコの高等教育研究機関エル・コレヒオ・デ・メヒコ社会学研究センター客員研究員。主な著作に、『ファミリービジネスのトップマネジメント:アジアとラテンアメリカにおける企業経営』(岩波書店、2006年共編著)、『メキシコ自動車産業のサプライチェーンーメキシコ企業の参入は可能かー』(アジア経済研究所、2014年)、『メキシコの21世紀』(アジア経済研究所、2019年編著)などがある。
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