ウクライナ「平和維持軍」派遣構想の曖昧さ

執筆者:篠田英朗 2025年3月26日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
英仏2カ国を除いて、現時点で「平和維持軍」への兵力提供を明言している国はない[ロンドンで会談したマクロン仏大統領(左)とスターマー英首相=2025年3月2日](C)AFP=時事
英仏が主導するウクライナへの「平和維持軍」派遣構想は、実は法的根拠などに多くの曖昧さを孕んでいる。紛争当事国のロシアが同意しない駐留軍は、停戦が破られる可能性を軍事力で抑止する存在であり、停戦監視を目的とした通常の「平和維持軍」とは異なる性格を持つはずだ。自衛隊の参加を唱える声も上がるが、政治情勢の冷厳な分析がなければ、日本にとって大きなリスクが顕在化しかねない。

 米国ドナルド・トランプ大統領が主導するロシア・ウクライナ戦争の停戦調停努力が進展するにしたがって、欧州諸国が停戦後の状況に対応する準備をしなければならなくなっている。ウクライナが近い将来にNATO(北大西洋条約機構)に加盟する可能性は限りなくゼロに近いため、代替措置として国際的な「平和維持軍の派遣」が検討されている。

 ロシアの再侵攻を抑止するという目的は重要だ。だが、それがどのような形であれば効果的になされるのかに関する議論は、ほとんど行われていない。あるいは見えてきていない。欧州の政治家が用いる「平和維持軍」という言葉が、日本のメディア等でも独り歩きし始めているが、全てはまだ曖昧模糊としている。

 ロシア・ウクライナ戦争をめぐっては、日本の世論もかなり感情的な要素を多く持っている。雰囲気に乗ることだけを考え、安易に「平和維持軍」構想を取り扱うのであれば、日本にとっても火遊びになる恐れがある。

 本稿では、曖昧模糊としたウクライナ「平和維持軍」構想が抱える問題を整理することを試みる。

どの国が派遣するか:構成の不明瞭性

 この「平和維持軍」の主体については、時には「欧州軍」あるいは「有志国連合」などと表現されることもある。現時点でウクライナへの兵力派遣に意欲を見せているのが、イギリスとフランスだけ、という事情が背景にある。そもそもこの構想を積極的に推進している国が、両国以外にはみあたらない。

 もっともイギリスのキア・スターマー首相は、ウクライナでの停戦が実現すれば、「相当数の」国がウクライナに平和維持部隊を派遣する意向だ、とも述べられた。しかし英仏の2カ国以外に、どの国が「相当数」を構成するのかは、明らかになっていない。この構想をめぐって3月15日に開催されたオンライン会合には、欧州の約20カ国に加え、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが参加した、と報道された。だがその後も、明確に自国が兵力を提供すると名乗り出ている国は、英仏以外にまだない。

 NATOやEU(欧州連合)などの既存の組織を基盤にして「平和維持軍」を展開させる仕組みが作れていないことが、構成国の曖昧さの大きな要因の一つである。

はっきりしない組織的基盤と法的根拠

 ウクライナはNATOにもEUにも加盟していない。したがって、それらの地域組織を構成している諸国が中心になって「平和維持軍」がウクライナ領に派遣されることになったとしても、それは「域外」派遣でしかない。

 したがって派遣の法的根拠は、ウクライナ政府の「要請」に求めるしかない。駐留国は、それぞれがウクライナ政府と、駐留に関する取り決めを結ぶことになるだろう。「欧州軍」とか「有志連合」とかと称される場合があっても、駐留国を組織的にまとめる法的枠組みが見出されることはないだろう。

 NATO及びEU加盟国とウクライナがともに加盟している、OSCE(欧州安全保障協力機構)を通じた組織的な派遣の可能性は皆無ではないだろう。ただし同じくOSCE加盟国であるロシアやベラルーシも意思決定に参画することになる。もともとこのようなOSCEの特別な性格から、ドンバス戦争の停戦合意「ミンスク合意」の履行監視任務には、OSCE派遣ミッションがあたっていた。しかし残念ながら、ウクライナ政府は、ミンスク合意の再来だとみなして、OSCEの受け入れに難色を示すだろうことが、大きな障害である。

 これまで一貫して和平調停に関心を示してきたトルコは、停戦後の国際的な努力にも貢献する意思を示しているが、「欧州軍」「有志連合」に加わる気配はない。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。現在も調査等の目的で世界各地を飛び回る。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より2024年まで外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)、『パートナーシップ国際平和活動』(勁草書房)など、日本語・英語で多数。
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