「新プラザ合意」と連結される「核の傘」、トランプ政権「40代ブレーン」の思想に対応できるか

3月13日にドナルド・トランプ米政権の大統領経済諮問委員会(CEA)委員長に就任したスティーブン・ミランの論文が話題となっている。昨年11月にトランプの再選が決まった直後、米ヘッジファンド「ハドソン・ベイ・キャピタル」のシニアストラテジストという立場で発表した「A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System」だ。高関税、ドル安で米製造業を復活させるとともに、強い基軸通貨ドルをもって世界に君臨するというトランプの願望を満たす政策案として、新たな多国間合意を提案している。無理がある内容だけにミランの論は世界の主流派エコノミストから批判されている。だが、注意すべきは、貿易と防衛を一体化して米国は国際システムを変えるべきだ、というその主張だ。「核の傘に入りたいのなら、高関税も新プラザ合意も受け入れろ」と迫られたら、日本は動きが取れない。
80年ぶりの国際システム改革
「われわれは世界の貿易・金融システムを数十年ぶりの改革するとば口にある」と宣言するミランの論文を簡単に見てみたい。
まず現状分析だ。ミランによれば、米国が抱える経済格差や製造業の空洞化、中産階級の消滅といった矛盾は、異様に高いドル、米国に不利な貿易システム、そして米国が世界を守る軍事コミットメントに理由がある。ドル高は金融に従事する富裕層を富ませたが労働者を貧しくした。米国の低関税は中国など海外からの輸入品を米市場にあふれさせ米製造業が消滅した。そして米国は自国経済が縮小しながらも依然世界に軍事力を展開して世界経済を守る負担を負わされている。
なぜ米国は不公平な負担を背負ってこうしたシステムを構築したかと言えば、第2次大戦で荒廃した欧州とアジアの復興のためだとミランは記す。冷戦期は同盟国を支える必要があった。米国が「寛大にも」低関税でその市場を開放する一方、他国は高関税で自国市場を守り、米国が提供する軍事力にただ乗りしている、という論法だ。この国際システムは大戦が終わった80年も前にできたが、今や世界の国々は力を持ち、米国はもはや支えるべきではない、と論旨は続く。
その国際システムの改革案は以下のような内容だ。(1)米国は相互主義に基づき相手国と同率の関税を課すことを出発点に、(2)米国債の大量保有などで自国通貨安を実現している国、(3)非課税障壁を設けている国、(4)米国の知的財産権を尊重しない国、(5)防衛分担を担っていない国にはさらに関税を課す――といった内容だ。トランプが発表した自動車関税で揺れる日本もこの基準では対象となりそうだ。
ミランは敵対国だけでなく同盟国にも関税を課すと言う。米国の平均関税は3%だが、欧州連合(EU)は5%、中国は10%。これでは米産業は勝てないとして、冷戦時代のような「同盟国には優しく」「強権国家には厳しく」という切り分けをしないということが特徴となる。
関税は物価高を招く。トランプはインフレを望まない。だが、ミランは大幅な規制緩和、為替の調整、利下げ、油価の低減など他の経済政策を動員し相殺できると言う。また米国が賦課する関税の負担は米消費者でなく、標的国が負うと指摘する。この辺りのロジックには疑問符が付くが、第一次トランプ政権での対中国関税で米国はインフレに見舞われず痛手を被らなかった、むしろ中国経済が減速したとミランは説明するのである。
ジョー・バイデン前大統領も第一次トランプ政権の関税をほとんど引き継ぎ、中国のハイテク製品に対してはさらに高い関税を課した。戦後長く続いた自由貿易や米国の低関税の時代は終わり、超党派による米関税引き上げ、保護主義のサイクルが始まったというのは間違っていない。
スティーブン・ミランとは何者か
ミランの論文は、米国が世界のために犠牲になるシステム(リベラル国際秩序)はあまりに不公平だという被害者意識が色濃い。日本や欧州が貿易でも安全保障でも「寛大な」米国に頼ったのは間違いない。だが、見返りとして米国は一人勝ちとも言える世界の覇権、繁栄を手に入れた。特に冷戦後は米国一極化時代となり米国の意向で世界が動く時代を築いた。基軸通貨ドルを持つゆえの法外な特権も握る。だが、こうした歴史を知りながらも、ミランは米国再興のための新システムが必要だ、と言う。
ミランはボストン大学を出た後、ハーバード大学で経済学の博士号を得た。博士論文の指導教官は計量経済学で有名なマーティン・フェルドスタインである。

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