
6月6日から始まったロサンゼルス一帯でのICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)に対する抗議行動。一部が暴徒化したことにより連邦政府が州兵2000人を投入、さらにドナルド・トランプ大統領は海兵隊700人を投入、と対立は激化している。10日にはロサンゼルス市のカレン・バス市長が抗議行動の中心であるダウンタウン一帯を中心に夜間外出禁止令を発出した。対象地域にはリトル東京も含まれる。
そもそも今回の抗議行動が起きた原因は、トランプ政権が不法移民の取締強化を命令したことで、各自治体に対し厳しいノルマが課せられていた。ノルマ達成のため、ロサンゼルス地域では大型ホームセンターでの取締りが行われた。ホームセンターの入口付近には常にヒスパニック系を中心とした移民が待機しており、訪れた人に日雇い仕事を持ちかける、というのが常態だった。移民側にすればその日の現金仕事が手に入る、また依頼する側にとっては正規の業者よりも安い労働力が手に入る、という暗黙の了解があった。
筆者はロサンゼルスにも拠点を置くが、現地の感覚ではこのような厳しい取締に対し抗議行動が起きるのは当然にも思える。当初は平和的なデモが中心だったが、夜間になると一部が暴徒・過激化し、放火などが行われたことで「警察だけでは鎮圧できない」と連邦政府の介入を招く結果となった。
蘇るBLM全米拡大の記憶
今回の介入には前例がない。まず州兵の投入は、連邦制度と州権尊重の原則に基づき、州知事の了承が必要とされている。だが、トランプ大統領はギャビン・ニューサム知事の承認なく州兵投入を決定した。これに対しニューサム知事は憲法違反だとして提訴を含めた抗議を行ったが、大統領は知事を「無能」呼ばわりして対立を煽った。連邦政府管下の部隊である海兵隊の投入についても、違憲の可能性が指摘される。
ニューサム知事が警察組織だけで解決できる州の問題だと主張する背景には、過去にロサンゼルスで大型の暴動が何度も起きた経験がある。最大のものは1992年に起きたいわゆる「ロス暴動」で、前年に黒人青年ロドニー・キングが警察官4人から暴行を受けたことがきっかけとなった。
この時は黒人の怒りが韓国系住民に向き、ダウンタウンの西側にあるコリアタウンで市街戦のような様相となった。ビルの屋上らしき場所で銃を構える韓国系住民たちが有名になったが、今回当時の写真を大統領の息子トランプJr.が「Make Rooftop Koreans Great Again!(屋上の韓国人を再び偉大に)」とのコメント付きでSNSに掲載し、ますます混乱を煽る一幕もあった。
Make Rooftop Koreans Great Again! pic.twitter.com/UFRhMPCYLb
— Donald Trump Jr. (@DonaldJTrumpJr) June 9, 2025
その後もコロナ禍の最中の商店襲撃などがあったが、基本的には数日で収束してきた。市民の不満の捌け口として、こうした暴動が起きるのは、残念ながらロサンゼルスで繰り返されてきた事態である。
トランプ大統領が軍隊を動かしてまで暴動に介入するのには、二つの理由があると指摘される。
一つ目は、抗議行動が他地域に飛び火し、政権への抗議行動につながる可能性を早期に潰す目的だ。ある地域の暴動が全米に飛び火することも、過去に何度も起きている。記憶に新しいのは2020年ミネソタ州で起きた警察官による黒人男性への暴行致死事件への抗議行動で、すぐにBlack Lives Matter運動として全米に広がり、各地で大きな被害が出た。
ヒスパニック系住民が自宅や職場からICE職員に連行され、そのまま家族にも会えずに強制退去となる事態は全米各地で報道されている。不満を抱えているのはロサンゼルス住民だけではなく、東海岸の民主党支持地域に広がることも考えられる。
移民政策はトランプ政権の頼みの綱
二つ目は、「サンクチュアリ(聖域)州」を自任し、不法移民に対する寛容な政策を実施してきたカリフォルニアやニューヨークに対するトランプ大統領の敵対意識だ。もちろん、こうした州はまた民主党の岩盤支持州でもある。トランプ大統領にとっては次の大統領選挙への立候補が想定されるニューサム知事を牽制するのに、この抗議行動と暴動は絶好の機会だったとも言える。

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