国際人のための日本古代史 (112)

なぜ「古墳時代」は長続きしたのか?

執筆者:関裕二 2019年6月6日
タグ: 中国 日本
エリア: アジア
実は周濠が重要(C)時事

 

 2019年5月14日、ユネスコの諮問機関のイコモス(国際記念物遺跡会議)が「百舌鳥(もず)・古市古墳群(大阪府堺市、羽曳野市・藤井寺市)」を世界遺産一覧表に記載するよう勧告し、登録されることがほぼ確定的となった。

大山古墳の造営を試算すると……

 ふたつの古墳群は4世紀後半から5世紀後半にかけて造られた。その中でも特別大きいのは、百舌鳥古墳群の大山(だいせん)古墳(仁徳天皇陵。堺市。墳丘長486メートル)と誉田御廟山(こんだごびょうやま)古墳(応神天皇陵。羽曳野市。墳丘長420メートル)だ。大山古墳の全長は日本最大で、エジプト・クフ王のピラミッドや中国・秦の始皇帝陵とともに、世界最大級の王の墓と考えられている(ピラミッドは墓ではないとする説が有力視されているが)。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
関裕二(せきゆうじ) 1959年千葉県生れ。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。著書に『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』、『「死の国」熊野と巡礼の道 古代史謎解き紀行』『「始まりの国」淡路と「陰の王国」大阪 古代史謎解き紀行』『「大乱の都」京都争奪 古代史謎解き紀行』『神武天皇 vs. 卑弥呼 ヤマト建国を推理する』など多数。最新刊は『古代史の正体 縄文から平安まで』。
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