饗宴外交の舞台裏
饗宴外交の舞台裏 (266)

中国「食べ物の浪費禁止令」が「外交饗宴」にもたらした「変化」

執筆者:西川恵 2020年10月9日
カテゴリ: 政治
エリア: アジア
9月22日、江蘇省の婁勤倹・共産党書記と会見した横井裕・駐中国大使。在中国日本国大使館「微博(ウェイボー)」公式アカウントより

 

 8月11日、中国の習近平国家主席が国営メディアを通じて「食べ物の浪費禁止令」を指示し、それを実施しようと、大きな国民運動に発展している。この運動が、すでに以前から節約モードにある外交饗宴に、どう影響するのか注目される。

離任のあいさつで奔走

 近々、任期を終えて帰国する横井裕・駐中国大使は、9月末までの約1カ月、離任のあいさつ回りや、それを兼ねたイベント出席で地方を駆け巡った。日本大使館のホームページによると、山東省(8月26~29日)、江蘇省(9月22日)、上海市(同23日)、遼寧省(同24~25日)、海南省(同28日)と、中国沿岸の省を南北に奔走した。

 このうちの1つ、江蘇省の省都・南京市では9月22日、同省の婁勤倹・共産党書記と会見した。

 冒頭、横井大使はコロナ禍の中でも日中双方が互いに支援し、交流が生まれたのは喜ばしいと述べ、邦人保護や企業の操業再開に向けて江蘇省と同省の各市政府が迅速な対応をしてくれたことに感謝を表明。今後もさまざまな面で日中協力を進めたいと、言葉を贈った。

 これに対し、婁書記は、江蘇省の新型コロナウイルス対策について説明し、同省で活動する日本企業への支援と関係強化に意欲を示した。

 会見には、在上海の磯俣秋男・日本総領事、中国日本商会、南京日本商工クラブの代表が同席し、中国日本商会の小川良典会長が、同会が毎年発行している『中国経済と日本企業白書』について説明し、婁書記に手交した。

 同白書には、

(1)公平競争の阻害となっている各種制度の見直し、国内企業と外資企業への公平な待遇、知的財産権制度の一層の改革
(2)行政手続きの簡素化・迅速化、許認可・認証の大幅な廃止
(3)製造・サービス業分野での外資参入制限の一層の開放

 などが建議され、これまでも中国でビジネスをする際の問題点と言われてきた項目が並んだ。

 コロナ禍からの早期の回復・復興を目指す江蘇省にとって、日本企業は雇用や投資の面でも重要で、両国のよき関係を維持・発展していきたい気持ちは強い。横井大使との面会に、日本企業で作る団体の代表の同席を認めたのもその表れといえるだろう。

デザートを除いて「七菜一湯」

 その夜、婁書記による歓迎夕食会が、市内の四つ星ホテル「西康賓館」のレストランでもたれた。

 そのメニューが以下である。

ココナッツジュースをかけたナシのデザート
食前フルーツ盛り合わせ
淮揚風の干し豆腐千切り
アスパラガス等の和え物
ハマグリとホタテ入りの海鮮スープ
ナマコ料理
レン魚の煮込み
カニみそ入り肉団子の煮込み
ドウチー風味レタス炒め
アン入りひよこの形のお菓子
イカ入りの水餃子

 中国の中央政府が外国の首脳をもてなす饗宴は「四菜一湯」が基本になっている。これは、前菜とデザートを除いて、おかず料理4品とスープである。

 「四菜一湯」と比べると、地方政府の饗宴は品数が多い。デザートを除いて「七菜一湯」。魚料理が多いのも目に付く。南京は特段魚料理で有名ではないが、日本の賓客を考えての内容だと思われる。

 まず食前にデザートと果物が出されている。

 その後に提供される最初の料理〈淮揚風の干し豆腐千切り〉の「淮揚」とは、淮河と揚子江の流域一帯で、歴史的に早くから食文化が発達した地域だ。現在の上海料理や杭州料理のルーツでもある。干し豆腐を千切りにして金華ハムで和えた一品だ。

 〈ナマコ料理〉は一本もののナマコの醤油煮。

 その次のレン魚は川魚で、クセのない淡白な身が特徴だ。これを酸味のスープで煮た。

 〈カニみそ入り肉団子の煮込み〉は、上海ガニのほぐした身をカニ味噌と混ぜてツミレにし、とろみをつけて煮込んだ。獅子唐が一緒についている。

 〈ドウチー風味レタス炒め〉は、細かく切った鶏や筍を炒め、レタスに乗せて一緒に食べる。豆鼓の味付けだ。

 この後にお菓子が出て、〈イカ入りの水餃子〉で締めるのが面白い。

お菓子のあとの餃子

 このメニューをどう見たらいいのか、傅健興(フウ・ケンコウ)さんに分析してもらった。中国料理レストランを経営する一方、中国料理の歴史に詳しい傅さんは、東京大学教養学部で「中国料理のルーツ」を講義したこともある。また、日本に住む中国・寧波(ニンポー)の出身者で作る一般財団法人「寧波旅日同郷会」(メンバー350世帯)の理事長も務めている。彼の亡き父が寧波出身で、傅さんは日本生まれの2世だ。

 「これは家庭料理ですね。南京料理は以前だとこってりした味つけが特徴でしたが、いまはあっさり、シンプルになっています。おそらく薄味で、料理も日本人好みのものばかりで、食べやすかったと思います」

 食前に果物など2品が出されているのが面白い。

 「昔は遠方から来た人に、まず疲れを癒してもらうために甘いものを出しました。〈ナシのデザート〉はいわばアミューズ(お通し)で、果物は口直しのようなものです」

 お菓子のあとに餃子が出されるのは、どういった趣向なのか。

 「中国では珍しくありません。南京は小麦文化の土地柄で、〈水餃子〉は日本で言うなら締めのお蕎麦です」

 そして、傅さんは「食べ物の浪費禁止令」のことにも触れた。

 「いま中国のお役人は贅沢しないようピリピリしています。いつ告げ口され、SNSで拡散されるか分からない。ツバメの巣やアワビといった高級食材はまず使われません。メニューが一段高級だったら、ナマコの代わりにアワビが使われていたでしょう」

 「お役人は地位が上に行くほどもてなす料理がシンプルになっています。トップを気にして抑えているためで、中央政府が『四菜一湯』を基本にするのにもそれが表れています」

 「私が仕事で中国に行っても、もてなしはエッと思うくらいシンプルです。食事中は順繰りに乾杯をしてグラスを飲み干しますが、ボルドー型の大きなワイングラスの底に、ほんの少ししか注ぎません。飲み干すと、また少し注ぐ。一度に多く注ぐとその分飲み干して、それだけワインを何本も開けなければならない。昔はアルコール度数の高い高級な蒸留酒『白酒』も出されましたが、いまは出ません」

 江蘇省の婁書記の夕食会は「七菜一湯」と、品数では「四菜一湯」を凌いで一見豪勢だが、やはり食材や内容を抑制しているのだ。そんな中国でも豪華なもてなしに与る機会がないわけではないという。

 「個人企業の経営者の別荘に招かれる時がそうです。高い塀に囲まれて人目の心配もなく、車のナンバーも見られない。招待者も気心の知れた人ばかりで、豪勢な料理が出されます」

「贅沢禁止令」が始まり

 現在の節約志向は、習主席が共産党のトップに就いて間もない2013年1月に打ち出された「贅沢禁止令」が始まりだ。最初のころ、政府幹部が業者から高級レストランで接待を受け、金銭や高級品などの賄賂を受け取るなどしたとして、1年間に約2万人が摘発された。

 腐敗に対する庶民の不満のガス抜きと、政敵の追い落としを狙ったキャンペーンとの見方もあったが、中央政府、地方政府問わず、外国の賓客に対するもてなしも右に倣った。
そして7年ぶりに「食べ物の浪費禁止令」が8月以降、出されている。

 習主席は穀倉地帯の東北部の吉林省を訪れた時や、7~8月に長江流域で洪水が相次いだ際の対策会議で、食料安全保障の観点から食べ物を無駄にしないことの大切さを強調した。これを受け、メディアでは、

 「宴会では人数より1人もしくは2人分少なく注文しよう」

 などの提案が相次ぎ、大きな運動となりつつある。外交饗宴も「四菜一湯」が「三菜一湯」になってもおかしくない。
 

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執筆者プロフィール
西川恵 毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。著書に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)、『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮新書)、『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。
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