「一帯一路」最前線を行く――中国・ラオス鉄道がもたらす物流革命と「債務の罠」

執筆者:宮城英二 2022年7月10日
タグ: 一帯一路 中国
エリア: アジア
中国・ラオス鉄道の準高速列車「瀾滄号」 写真・筆者提供
コロナ禍の中で開通した高規格鉄道「中国・ラオス鉄道」。その沿線は、中国の広域経済圏構想「一帯一路」の最前線でもある。ASEAN諸国の中でも発展が遅れたラオスの風景を、中国の巨大資本はどのように変えているのか。日本人ジャーナリストが現地を歩いた。

 

 インドシナ半島の内陸国ラオス。人口は約730万人、国土のほとんどを山岳地帯が占め、長年経済発展から取り残されてきた。1人当たり国内総生産(GDP・名目)は約2626ドル(2020年)で東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国ではミャンマー、カンボジアに次いで低い。これまでは文化的類似性から隣国タイとの結び付きが強かったのだが、ここ数年で北方の「巨人」が凄まじい勢いで影響力を拡大している。その足取りはコロナによる鎖国中も止まることはなかった。渡航規制の解除を待って、現地に足を踏み入れた。

突如姿を見せた高規格鉄道

 影響力を最も象徴するのは何と言っても2021年12月3日に中国主導で開通した「中国・ラオス鉄道」だろう。ラオス領内は全長422キロメートルで、同時開通した中国領内の区間と共に、中国雲南省からラオスの首都ビエンチャンに至る鉄路が完成したのだ。中国のインフラ工事はやると決めたら速い。工期5年の突貫工事だった。これまでタイ国境部の一部を除き鉄道が存在しなかったラオスに突如、高規格鉄道が開通したのだから、まさに驚天動地の変化である。

 6月4日早朝、筆者はラオス側の始発駅であるビエンチャン駅に立った。市内から道路距離にして14キロも離れた北部郊外にあり、立地としてはかなり不便な場所にある。駅舎は中国国内に近年張り巡らされた高速鉄道の地方駅と酷似していた。今のラオスでは有数の壮大な建築物であり、中国が国力をアピールしようとする威圧感さえあった。

 改札が始まると、既に1番ホームには中国の在来線を高速運転する「準高速列車」の中国鉄道CR200J型列車が入線していた。ラオス国内ではメコン川の中国名である瀾滄(らんそう)江にちなみ、「瀾滄号」と呼ばれている。車体に赤青白のラオス国旗色の塗装を施したのは、ラオスの国民感情への配慮と言われている。車内の構造は基本的に中国国内で走っている列車と同じで、二等車、一等車のほか、フルリクライニングのビジネスクラスまである。

 取材時点で旅客列車は1日3往復しかなかった。コロナの影響で中国との直通旅客列車もまだない。筆者はビエンチャンから北部の古都ルアンパバーンを目指すことにした。列車はホームを定刻に滑り出した。沿線には数多くのトンネルや橋梁があり、カーブが少ない。揺れもほとんどなく、非常に快適だ。勿論快適に越したことはないのだが、私の知るこれまでのラオスのイメージとはあまりにかけ離れており、違和感を覚えるほどだった。筆者が拠点とする隣国タイにもこれほどの高規格鉄道はまだない。

 最高時速160キロの瀾滄号は、かつて山の稜線を縫うように走る悪路を10時間以上行かねばならなかった距離を、わずか1時間50分で走破してしまった。ちなみに二等車の運賃は24万2000キープ(約2200円)。客層は都市部の中産階級と隣国タイの観光客が大半を占めているようだった。

中国・ラオス鉄道のビエンチャン駅 写真・筆者提供

物流に大きなインパクト

 中国政府は中国・ラオス鉄道を習近平政権が掲げる巨大経済圏構想「一帯一路」の重要プロジェクトと位置づけている。昨年12月の開通式で習主席は「両国の社会主義制度が力を集中して大事を成し遂げる特殊な優位性を示した」とラオス人民革命党政権との連帯を強調する一方、「鉄道の開通で(中国雲南省の)昆明からビエンチャンまでの山はもはや高くなく、道のりも長くはなくなった」と称賛した。

 ラオスに鉄道を通した中国の最大の思惑は自明だ。それは先に触れたビエンチャン駅の立地からも見て取れる。実はビエンチャン駅から先には貨物専用駅のビエンチャン南駅が存在する。タイ国鉄がラオス側に乗り入れているタナレン駅に近く、物流施設「タナレン・ドライポート」までの貨物専用線も整備された。旅客輸送はあくまでおまけであり、中国・ラオス鉄道は中国にとって待望の東南アジアへの物流ルートなのだ。中国各地からラオスに向かう国際貨物列車の運転は既に始まっており、筆者が瀾滄号に乗車している間も中国語が書かれたコンテナを満載した貨物列車とすれ違った。

 中国はこれまでにカザフスタン、ロシアなどを経由して欧州に至る鉄道輸送ルートを確保し、対外貿易で鉄道輸送への依存を強めているが、中国・ラオス鉄道の開通によって、南シナ海など海路を大回りせずに東南アジアへ陸路による大量輸送を行うことが可能となった。それこそ物流革命である。不測の事態で海路が封鎖された場合の代替ルートとなる安全保障上の意味合いもある。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)ビエンチャン事務所員の山田健一郎氏は「鉄道によりラオスと中国との距離感が一気に縮んだと思います。ASEANとの物流に大きな選択肢を与えたことにより、海路が中心で陸路は悪路を何日もかけて運ぶという今までのイメージが一変したと言えます」と語った。

 山田氏によれば、鉄道による貨物輸送量が一気に増えたかというと、現時点では中国のゼロコロナ政策による規制の影響もあり、徐々に鉄道利用に移行している段階にあるという。

 将来的にタイ国内で計画されている高速鉄道の整備が進めば、中国・ラオス鉄道と接続され、輸送力は格段に向上するだろう。ただ、タイ高速鉄道はバンコクから中間地点のナコンラチャシマまでがタイ政府と中国政府による共同事業として2017年に着工されているものの、ナコンラチャシマから先、ラオス国境のノンカイ間までの着工はまだ見通しが立っておらず、中国からタイまで国際列車が走るのは相当先のことになりそうだ。

 

膨張するチャイナタウン

 中国・ラオス鉄道以外に、首都ビエンチャンでも是非見ておきたい場所があった。西郊のワッタイ国際空港近くに形成された新チャイナタウンの現状だ。中国資本進出のもう一つの現場だからだ。

 10年ほど前にも既にこの一帯には中国人経営の店が散見されたが、今回訪れると状況は一変していた。

 「三江中国城」と呼ばれる商業施設の周囲には、中国各地の料理を提供する飲食店、7-8階建てのホテル多数、スーパーマーケット、日用品店、自動車修理工場、物流業者、風俗マッサージ店などが密集し、中国語の派手なLED看板がビエンチャンの他地域とは明らかに異彩を放っていた。中国の地方都市をそのまま移設してきたような印象であり、中国人が必要とする物資やサービスを網羅していた。東南アジアで中国資本に「占領」された街としては、対中依存が著しいカンボジアの港湾都市シアヌークビルが知られるが、ビエンチャンの新チャイナタウンもそれに次ぐ規模にまで成長していた。

ビエンチャンの中国人街「三江中国城」 写真・筆者提供

新チャイナタウンの形成過程

 ビエンチャンには古くから都市部に華人による中国系社会はあったが、中国による改革開放政策が本格化した1990年代に湖南省出身者が散発的に移民を開始。その後、中国資本による本格的投資の嚆矢となったのは、三江中国城を創業した浙江省の商人、丁国江氏だった。

 中国共産党機関紙の人民日報がかつて掲載したインタビューによれば、丁氏は1998年に視察団の一員としてビエンチャンを訪れ、成功を確信したのだという。

 丁氏は「当時ラオスで売られていた商品には、中国の5-6倍の値段が付いていた。中国では100元のガスコンロが100ドルで売れるほどだった」と振り返った。

 丁氏は雲南省政府の支援で建設された商業施設を中国商品を販売する一大モールへと改装。故郷で個人経営者に移民を呼び掛け、財を成す人が相次いだ。噂が人を呼び、中国語の表現を借りれば、「アリがせっせと引っ越すように」して、ビエンチャンのチャイナタウンが形成されていった。

ラオス人の歓迎と不安

 中国・ラオス鉄道開通やチャイナタウンの膨張が示す中国資本の進出はラオスの人々にどう受け止められているのだろうか。ラオス人の物静かな国民性もあってか、表面的には確執のようなものも見えず、単純に中国脅威論の視点で決め付けて論じるべきでもなかろう。

 前出の山田氏は「基本的にウエルカムだと感じているように思います。中国資本は大小、質もさまざまですが、鉄道や高速道路、コンドミニアム、商業施設、ダム開発など目立つ所に中国資本が広く入っています」と現状を説明した。こうした中国資本の投資を通じ、ラオス人が国の発展を直接肌で感じているのは事実のようだ。

 ただ、中国の影響力拡大には当然懸念も伴う。中国・ラオス鉄道の建設に要した事業費は374億3000万元(約7500億円)。ラオスにそんな財源はないため、事業費の大半は中国の政策金融機関からの借り入れで賄われた。鉄道だけでなく、水力発電所の建設などでも多額の対中債務を抱え、今後返済が滞れば、対中依存で「債務の罠」に陥ったスリランカの二の舞になりかねないとも指摘されている。

 シンガポールのシンクタンク、ISEASユソフ・イスハク研究所による今年の調査によれば、ラオスでは東南アジアに最も影響力を持つ経済大国として、「中国」との回答が86.4%と圧倒的に多かったが、中国の影響力増大を「懸念している」との回答も65.8%に達し、前年(48.6%)を大きく上回った。

 これについてジェトロの山田氏は、「ラオスの債務問題、特に中国への二国間債務の高まりが警戒水域に達していることや、大規模な鉱山開発や農業開発による環境問題や土地問題などが広く認知されてきていることを反映している」と指摘した。

 筆者は現地に住む中国人にも「中国人はラオスで歓迎されているのか」とストレートに質問してみた。ネットで知り合ったビエンチャン在住の中国人青年は「その質問はデリケートだから、誰もまともには答えないですよ。実際中国人がラオス人にどう思われているか肌で感じていますからね」という微妙な答えだった。

 一方、観光業で成り立つ古都ルアンパバーンでもコロナ後の中国資本の流入を懸念する声があった。中国がコロナによる渡航制限を解除すれば、中国資本と中国人観光客が押し寄せ、状況が一変するのは確実だからだ。

 現地在住日本人は「いまコロナでホテルが売りに出たりしていて、ラオス人には中国人が大挙してやってくる前に日本人に買ってもらえないものかとよく言われます。街が一気に中国化することを恐れているようです」と話した。

ガソリン不足に見る危うさ

 ところで、ちょうど取材に訪れた間、ラオス各地ではガソリン不足が深刻化していた。ロシアのウクライナ侵攻をきっかけとする世界的な原油高に加え、通貨キープの急落で燃油の輸入をストップしたからだ。ガソリンスタンドの多くが閉鎖され、営業しているスタンドには長蛇の列ができた。

 そこにはラオス経済の脆弱性が透けて見えた。米格付け大手ムーディーズによれば、2021年時点でラオスの対外公的債務残高はGDPの81%にまで拡大したとみられる。その債務を返済するために多額の外貨が必要となり、急激なキープ安が起きた。「一帯一路」の美名の下で進む大型インフラ事業により対中債務が過剰に膨らめば、債務不履行リスクが高まり、ラオスでも「債務の罠」問題が繰り返される危険性をはらんでいる。

 

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
宮城英二(みやぎえいじ) 1970年宮城県生まれ。新聞社、通信社、アジア各地の邦字メディアを経て、2007年からフリー。アジア各地に在住経験。アジア各国のニュース邦訳編集なども手掛ける。
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