やっぱり残るは食欲 (59)

朝夜交換記

執筆者:阿川佐和子 2022年9月19日
カテゴリ: カルチャー
エリア: アジア
ベーコンエッグは晩ごはんのおかずになる?(写真はイメージです)

 朝ご飯はいつもだいたいパンである。

 そもそも朝食は食べない主義(というほど強い意志ではないけれど)を長年通してきたのだが、六十歳を過ぎて結婚したら、亭主がきっちり三食食べる人だったおかげで食事のリズムが変わった。かわりに昼食を摂らなくなった。と豪語しつつ、新型コロナの蟄居生活が始まると、相方につられてつい、「一口だけね」と言いながら、正午の時報を過ぎた頃、前夜の残り物を漁ったりお茶漬けをすすったりラーメンを作ったり、夏の季節にはソーメンを茹でたり。「食べないって言いながら、よく食べるね」と周囲に呆れられるほどの規則正しい食生活を続けている。

 思えばこれは父親譲りかもしれない。各所で父は気取った調子で言っていた。

 「私は原則的に一日二食しか食べないんですよ」

 いわく、家族の寝静まった夜中を執筆時間に充てているので、毎日徹夜をする。だから家族が起き出した朝方にはひどくお腹が空いている。

 「いい加減に起きてもらいたいね。俺は腹が減って死にそうだ」

 父の不機嫌そうな台詞に何度、母と私はたたき起こされたことだろう。

 それは旅先でも同じであった。香港に父母と三人で旅行したとき、私はすでに大学を出てじゅうぶん大人になっていたが、別の部屋を取ってもらうことはなく、両親が寝ているツインベッドの脇に備えられたソファで寝るハメとなった。

 朝、ただならぬ気配を感じて目を開けたら、間近に父の大きな顔があった。

 「お前はよく寝るなあ。そろそろ起きたらどうなんだ? 俺はお粥を食べに町に出たいんだがね」

 時計を見るとまだ七時だ。しかし父はすでに出かける気満々で、服に着替えて構えている。寝坊をする娘にほとほと閉口している忍耐強い父という顔つきだ。しかし、こちらとしても言わせていただきたい。前夜、晩ご飯を食べてホテルの部屋に帰ってきたら大音量で何度もオナラをし、服を脱ぎ散らかし、パジャマに着替え、脱いだ下着を「おい、洗っておいてくれ」と母と私の方角へ投げ捨てて、歯を磨き、大音量で痰を吐き、ベッドに倒れ込んだと思ったら、大音量のイビキを掻いて深い眠りについたのは、いったいどなたですかいな。こちらは母と一緒に父の服や下着の始末をし、お風呂に入って、父のイビキをBGMに母としばらくお喋りし、ようやく小さなソファに潜り込んだのは夜中近くである。それからどれほど寝付けなかったことか。

 「父さんのイビキで寝られなかった」

 ささやかに抵抗してみるが、

 「ああ、そうかい。とにかく早く着替えなさい」

 まったく悪びれる様子はない。傍らの母はさすが長い年月の鍛錬の成果か、文句も言わず淡々と支度をしている。

 香港の朝はさておいて、日頃からそれほどに朝食を楽しみにしている父であった。自宅でも朝ご飯をたっぷり食べ終えると満足してしばしの朝寝タイムを過ごすと決めている。そして昼頃にごそごそと書斎からパジャマ姿で現れるのだが、そのときはたして昼食を食べないか。

 「俺はいらん」

 口ではそう言うが、家族が集って何かを食べている様子を見つけるや、

 「おい、一口」

 母が慌てて父の分を皿に盛ると、

 「ちょっとでいいんだ、ちょっとで」

 そう言いつつ、おかわりを求めたりする。

 言っていることとやっていることが違うではないか!

 と、亡き父を叱る権利は私にない。私は父とこんなところまで似ているかと思うと、情けないやら悲しいやら。

 父の悪口を言い出すと止まらない。話を戻す。私の朝食であった。

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執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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