
ロシアの反政権運動指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏が2月中旬、服役中だった同国北極圏の刑務所で急死した問題をめぐり、露国民の間で、ウラジーミル・プーチン独裁政権の責任を糾弾する追悼行動が不気味なうねりを見せている。大規模蜂起への燃え広がりを恐れる政権は厳戒態勢だ。
一方、ナワリヌイ氏の死を政権による謀殺と見る野党勢力の主張が正しいとすると、プーチン氏が5選を狙う3月15~17日の大統領選を目前に控え、情勢安定を最優先するはずの時期に、なぜ敢えて決行したのか。「プーチンがもっとも恐れる男」とも呼ばれたナワリナイ氏の47歳という年齢での突然死をめぐる、重大な3つの謎を検証する。
大統領選直前の時期になぜ?
ナワリヌイ氏の葬儀は3月1日にモスクワ市内の寺院と墓地で営まれ、警官隊による威圧的な監視・警備態勢にも臆さず、数千人の市民が花束を抱えるなどして参列。正式の葬儀以前から、臨時の祭壇に長蛇の列で献花するといった追悼行動が各地で続いた。独立系人権団体「OVDインフォ」によると、葬儀当日の拘束者は19都市で少なくとも91人だった。ナワリヌイ氏の急死が明らかになった2月16日から24日までの間だけで、追悼行動などで当局に拘束された市民は全国39都市で計400人以上にのぼったという。
追悼行動の参加者たちは、総じて、当局を刺激する言動を抑制している様子だったが、それでも、「プーチンは殺人者だ!」「我々は許さない」などのシュプレヒコールが混じり、独裁下の圧政への怒りが底流にあるのは明らかだ。
ナワリヌイ氏の死が国民の間での政権批判を増幅させ、大統領選でのプーチン氏の得票を減らしかねない現状は、少なくとも常識的視点からは政権にとり得策ではない。ある欧州出身の外交関係筋は、「このタイミングでプーチン氏がナワリヌイ殺害命令を下したとは考え難い」と指摘する。「例えば、長期にわたる過酷で非人道的な獄中生活のダメージが蓄積し、突然死をもたらした可能性があるという視点では、プーチン氏は責任を問われるべきだが……」というのが同筋の判断だ。
ところが、ナワリヌイ氏の盟友で、ウクライナ侵略での露軍の行動を非難したかどで懲役8年半を宣告され、露国内の刑務所で服役中の反政権活動家イリヤ・ヤシン氏は、独立系紙メドゥーザで公開した獄中からの書簡で、真逆の見方を示した。「(政権は)まさに大統領選のためにナワリヌイ殺害を計画し決行したと確信する。ナワリヌイ氏の獄死は、プーチンの選挙キャンペーンを象徴するメインイベントだ」と断言したのだ。プーチン氏の「思考形態は政治家ではなく、マフィアの首領のそれだ」としたうえで、「マフィアは暴力と残忍性の誇示によって権力を確立するものであり、だからこそ、自らに挑戦して来る政敵(ナワリヌイ氏)を公開処刑したのだ」と主張する。
プーチン氏の思考形態に関するヤシン氏の分析が当を得ているとすれば、大統領選目前のタイミングで殺害命令を発したとしても論理矛盾はないだろう。
謀殺だとすればその手段は?
仮に政権による殺害が事実とすれば、犯行手段の解明は重要だ。手を下した機関や犯人の正体を見極めるカギとなるからだ。

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