フランス地上軍派遣構想に「核恫喝」を嗅ぎ取る核大国ロシアの疑心暗鬼

執筆者:古本朗 2024年7月8日
エリア: ヨーロッパ
フランスの核ドクトリンには「最終警告」と呼ばれる限定的先制核打撃の概念が含まれる[1971年、仏領ポリネシア・ムルロア環礁で行われたフランスの核実験の様子](C)AFP=時事
ウクライナへの地上部隊派遣の可能性に言及したマクロン仏大統領の発言に、プーチン政権は神経を尖らせているとされる。ロシアの軍事専門家らは、国家の死活的利害にかかわる場合は先制核攻撃も辞さないというフランスの核ドクトリンが、ロシア側に仏軍との正面衝突を躊躇させる効果を生むと指摘する。両国の核戦力は圧倒的にロシア優位だが、プーチン大統領が西側諸国に向けて繰り返してきた「(ロシアが)決して核を使わないと信じるのは思い込みだ」という核恫喝が、自らを疑心暗鬼に追い込んでいる部分もありそうだ。

 ロシアの侵略を受けるウクライナへの軍事教官団など西欧地上部隊派遣を提唱するエマニュエル・マクロン仏大統領の構想をめぐり、派遣部隊を露軍が攻撃すれば、仏軍による限定的な先制核使用の反撃を誘発する仕組みを作り露軍の動きを封じるワナではないか、とプーチン政権が疑心暗鬼に陥っている模様だ。背景要因として、仏核ドクトリンが「最終警告」目的での先制核使用の選択肢も排除しない点などが挙げられるが、核恫喝を常套手段とする核兵器大国ロシアが、核兵器小国フランスの動きに威嚇の伏線を読み取り慌てるという皮肉な構図だ。

マクロン発言を重大な脅威と認識

 ロシア軍は5月下旬からウクライナ東南部に接する露軍南部軍管区を中心に戦術核兵器の実戦使用を想定する演習を複数段階に分けて実施。6月中旬からの第2段階では、ウクライナ侵略に協力する同盟国ベラルーシに展開する戦術核兵器部隊も動員された。2022年2月のウクライナ侵略の本格始動以来、プーチン政権は再三、核兵器使用の覚悟を示すことで米欧を脅しており、今回の戦術核演習もその延長線上にあるのは明白だ。だが、露国防省の発表が、戦術核演習について「一部の西側高官がロシア連邦に向けて発した挑発的声明や恫喝に対する応答である」と銘打っている点は特異だ。

 プーチン政権がここまで神経を高ぶらせる「西側高官による挑発的声明や恫喝」とは何か? ソ連時代からクレムリンに政策提言する名門シンクタンク「世界経済国際関係研究所」(IMEMO)や「米国カナダ研究所」の幹部を務めた経歴から、プーチン政権の安全保障政策に精通する軍事専門家ユーリー・フョードロフ氏は、米政府系メディアVOA(ボイス・オブ・アメリカ)露語版に対し、「仏軍部隊などのウクライナ派遣の可能性に言及したマクロン仏大統領の発言」について、「露政権は重大な脅威と認識したのだ」と指摘する。

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
古本朗(こもとあきら) こもと あきら ジャーナリスト。『読売新聞』ニューヨーク特派員、モスクワ支局長、国際部長、取締役等を歴任。
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