[随時更新]戦略視点で捉えるウクライナ最新戦況マップ (4)

「勝利計画」の重要ポイント、クルスク越境攻撃は戦線膠着

執筆者:岩田清文 2024年10月7日
エリア: ヨーロッパ
ロシア・クルスク州への越境攻撃は戦線が膠着し、「牽制抑留」の目的は達成できなかった(筆者の分析に基づき編集部作成)
9月下旬に訪米したウクライナのゼレンスキー大統領は、米国製兵器によるロシア領への攻撃容認などを含む「勝利計画」をバイデン米大統領に提示した。これについてロシアがエスカレーションを示唆して牽制し、一方でバイデン政権は慎重なスタンスを崩していない。一方、米国に次ぐ支援国である英国や米シンクタンク「戦争研究所」はゼレンスキー大統領の要請に理解を示している。ロシアとウクライナの双方が米国の支援をめぐる駆け引きを激化させる背景に、クルスクとドネツク二つの主要な戦線での膠着状況がある。【岩田清文・元陸上幕僚長が戦略視点で捉えるウクライナの戦況を随時更新の地図で解説】

 

 ロシアのクルスク州に対するウクライナの越境攻撃は、8月6日の攻撃開始から2カ月が経った。当初は1週間で東京23区の2倍近い土地を一挙に占領したが、それ以降、占領地域の拡大、あるいはロシア軍の領土奪回ともに進展が見られず、戦況が膠着したままだ。
越境攻撃の目的の一つは、ロシア軍の猛攻を受けている東部ドネツク州の戦線からロシア軍部隊をクルスク州に転用させて引き留め(牽制抑留)、東部地域の戦況を有利にしようというものであった。一部のロシア軍部隊が東部ドネツク州からクルスク州に向かったという情報も流れてはいる。しかしロシア軍がポクロフスク方面を含む東部ドネツク州において猛攻を続けていることや、ウクライナ軍が新たな部隊を東部地域に増援し、防衛態勢を強化したとの報道からは、結局、この牽制抑留の目的は達成できなかったと見ていいだろう。

 ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領、オレクサンドル・シルスキー最高司令官は、この越境攻撃が、クルスク州からウクライナ・スムイ州に対し予定されていたロシア軍の攻撃計画を破綻させたと、9月5日以降、相次いで述べている。越境攻撃の意義を後から付け加えたようにも聞こえるが、この戦争全体の戦況を大きく変化させるまでの成果が得られていないことは事実だろう。

 一方のロシア軍は、約3万6000人の部隊をクルスク州の奪回作戦に投入したとの報道もあるが、第2次大戦以降初めて外国に占領されたロシア領土を、今もなお奪回できていない。ロシア軍に、高い戦闘能力を持った部隊・兵員が不足している証左であろう。このような状況から見れば、クルスク方面の攻防は今後も長引きそうだ。

「勝利計画」を後押しする英国と戦争研究所

 この越境攻撃を戦争終結において重要視するゼレンスキー氏が9月22日、米国を訪問した。滞在期間中、ジョー・バイデン大統領はじめ、大統領選候補のカマラ・ハリス副大統領、ドナルド・トランプ前大統領らと会談している。ロシアに戦争終結を迫るウクライナの「勝利計画」を提示した模様だ。17日のロイター報道によれば、この計画は既に9月中旬、キーウ訪問中のアントニー・ブリンケン国務長官に説明されたと、米国務省のマシュー・ミラー報道官が17日の定例記者会見で述べている。これに先立ちリンダ・トーマスグリーンフィールド米国連大使は、米政府はこの計画を確認したと述べ、「これは実行可能な戦略と計画を示していると考えている」と説明した。席上、ミラー氏はブリンケン氏も大使の評価を共有したと述べている。

 この「勝利計画」なるものは、明らかになっていないが、4点が重要とされている模様だ。一つは先に述べたクルスク州占領の継続。そしてNATO(北大西洋条約機構)に類似した西側諸国による安全保障の確約。三つ目に米国からウクライナに供与された兵器のロシア領内における使用の承諾。最後にウクライナに対する財政支援である。ゼレンスキー大統領は、これらの成否は、バイデン大統領にかかっていると強調し、特に、これまで米国製兵器のロシア領内への使用を拒否してきたバイデン氏に判断を迫っている。

 兵器の利用をめぐる制限を緩和するよう求めているのは、ウクライナだけではない。キア・スターマー英首相は13日、バイデン米大統領とホワイトハウスで会談し、ウクライナ軍がロシア領内への攻撃に欧米供与の長射程兵器を使えるようにすることを求めている。この際、バイデン氏は戦火拡大を招くとして制限撤廃に慎重な姿勢を維持したようだ。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
岩田清文(いわたきよふみ) 元陸上幕僚長。1957年、徳島県生まれ。79年、陸上自衛隊に入隊(防大23期)。第7師団長、統合幕僚副長、北部方面総監などを経て、2013年、第34代陸上幕僚長に就任。16年に退官。著書に『中国、日本侵攻のリアル』( 飛鳥新社)、『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』 (新潮新書)、『自衛隊最高幹部が語る台湾有事』(新潮新書)、『中国を封じ込めよ!』(飛鳥新社)、『君たち、中国に勝てるのか 自衛隊最高幹部が語る日米同盟VS.中国』(産経セレクト)。
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