[随時更新]戦略視点で捉えるウクライナ最新戦況マップ
[随時更新]戦略視点で捉えるウクライナ最新戦況マップ (9)

ロシア、和平を掲げる裏で長期戦の備えを継続中――トランプ「就任100日で停戦」は実現せず

執筆者:岩田清文 2025年5月13日
エリア: 北米 ヨーロッパ
ロシア軍は9カ月ぶりにクルスク州の全域を奪還し、ドネツク戦線ではオートバイを駆使した新戦法なども導入しているとされる(筆者の分析に基づき編集部作成)
早期停戦の実現に自信を見せていたトランプ米大統領だが、ロシアのプーチン大統領はより有利な条件を狙って戦争を継続している。ウクライナの取引材料になり得たクルスク州はロシア軍が奪還、イランや中国の支援を受けたドローン増産体制も強化が進む。表向きは和平交渉の提案を行いつつも、ロシアはさらなる長期化に備えている。

 ドナルド・トランプ大統領が停戦合意の目標としていたはずの、就任100日(4月29日)は既に過ぎ去った。ロシアの対独戦勝記念日の5月9日がもう一つの節目になるとも見られていたが、停戦交渉に何の進展も見られない。15日にトルコで行われるという協議の行方もまだ不透明だ。

 トランプ大統領は、大統領選期間中は「就任すれば24時間で戦争を終わらせる」と発言していたが、大統領就任前の1月7日には、「6カ月は欲しい。できればそれよりずっと前に終わらせたい」に変わった。その翌日には、トランプ氏の意向を受けたウクライナ・ロシア問題の特別代表キース・ケロッグ氏が「100日という期限」を設定していた。

 4月22日、タイム誌のインタビューにおいて、記者が「就任初日に(戦争を)終わらせると言っていたが?」と質問したのに対し、トランプ大統領は、「比喩のつもりで、誇張で言った。立場をはっきりさせるためだ。ご存じのとおり、冗談で(in jest)言ったが、戦争が終わるということも言った」と答えている。この発言からも、そもそもトランプ大統領が示す期限というものに信用性が見いだせないことは明らかだろう。何も見通せない現状において、いったいこの戦争に出口はあるのか。第一線の戦況の視点と合わせ、その行方を探ってみたい。

ロシア寄りの米国仲裁案にも応じないプーチン大統領

 4月20日にウォール・ストリート・ジャーナル紙が報じた米国の仲裁案は、ロシアの立場を優先し、ウクライナに対して極めて厳しいものとなっている。具体的には、領土問題においては、クリミア半島のロシア併合を認めるとともに、ウクライナ東部・南部4州(ドネツク州、ルハンシク州、ザポリージャ州、ヘルソン州)の約8割に当たるロシアが占領している地域も実質的にロシアのものと認める。また、戦後のウクライナにおける安全の保証に関しては、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟を認めず、代わりとして欧州その他の友好国が保証人になるとされており、米国の積極的な関与は示されていない。加えて対ロシア制裁は解除するなど、極めてロシア寄りだ。

 この仲裁案のうち領土問題に関して、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は3月15日、「複雑だ。あとで話し合わなければならない」と述べ、停戦が合意されていない現時点では議論の対象にしない考えを明らかにしている。また、戦後の安全の保証に関しては、消極的な米国に代わり英国、仏国を中心とする欧州軍に頼らざるを得ない状況でもあるものの、トランプ氏の姿勢に変化が出始めた可能性がある。インタファクス・ウクライナ通信(5月3日)によると、ゼレンスキー氏はローマ教皇フランシスコの葬儀に合わせた4月26日のトランプ大統領との会談について、「トランプ大統領は物事を違ったふうに見始めたと確信している」と記者団に明かし、対空防衛システムの供与などについて話し合ったとされている。供与は、米国とウクライナが4月30日に署名したウクライナの鉱物資源に関する協定に基づき、両国が設立する基金への米国からの拠出分として扱われるという。ニューヨーク・タイムズ(5月4日)によれば、米国の許可を得た上で、イスラエルとヨーロッパの貯蔵庫からさらに多くの米国のパトリオット・ミサイルシステムが、ロシアの攻撃に対するウクライナの防衛を支援するために、ウクライナに送られるとある。

 一方のロシアは、領土問題に関する仲裁案が、ロシアの立場に配慮していることを歓迎しているものの、欧州軍等のウクライナ駐留に関しては同意の様子はない。ロシアのセルゲイ・ショイグ安全保障会議書記は、4月30日、ブラジルのブラジリアで開催されたBRICS安全保障担当者会合サミットで、ロシアはウクライナの西側平和維持部隊を正当な軍事目標と見なすと述べ、そのような派遣団は受け入れられないと述べている 。

 さらに、この仲裁案の内容よりも根本的な問題となっているのは、和平協定に臨むロシアの姿勢である。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
岩田清文(いわたきよふみ) 元陸上幕僚長。1957年、徳島県生まれ。79年、陸上自衛隊に入隊(防大23期)。第7師団長、統合幕僚副長、北部方面総監などを経て、2013年、第34代陸上幕僚長に就任。16年に退官。著書に『中国、日本侵攻のリアル』( 飛鳥新社)、『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』 (新潮新書)、『自衛隊最高幹部が語る台湾有事』(新潮新書)、『中国を封じ込めよ!』(飛鳥新社)、『君たち、中国に勝てるのか 自衛隊最高幹部が語る日米同盟VS.中国』(産経セレクト)、『国防の禁句 防衛「チーム安倍」が封印を解く』(産経セレクト)、『台湾有事のリアル 問われる日本の覚悟』(明成社)。
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