現代版「トロイの木馬」か「真珠湾攻撃」か:戦争の形を変えるウクライナAIドローン作戦

ウクライナは6月1日、小型の無人機(ドローン)による歴史的な奇襲作戦を実施し、多数のロシア空軍機に損害を与えた。ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、この作戦でロシアの戦略航空機の約34%、41機を破壊したと述べており、今後のロシア軍の作戦はもちろん、停戦交渉の行方、さらに将来の戦争形態にも大きな影響を与えることになるだろう。
運用可能な長距離航空機の20%を破壊
「クモの巣」と命名されたこの作戦では、ウクライナ保安庁(SBU)が117機の小型ドローンにより、ロシアの4つの空軍基地に対してほぼ同時に攻撃を実施した。これらの基地は、イルクーツク州のベラヤ空軍基地、ムルマンスク州のオレニャ空軍基地、リャザン州のディアギレヴォ空軍基地、及びイヴァノヴォ州のイヴァノヴォ空軍基地でありロシア全域に亘っている。
攻撃により破壊されたのは、ウクライナに対して巡航ミサイルを発射するためのTu95およびTu22M3戦略爆撃機、並びにロシアがウクライナの戦闘機や誘導ミサイルを探知するために使用するA50早期警戒管制機などである。このことからも、この作戦が、ウクライナに対する長距離ミサイル攻撃を低減させるため、ロシアの戦略航空機の破壊を目的としたことが理解できる。
ロシア軍の損害に関しては、冒頭で述べた通りウクライナはロシア空軍保有の戦略爆撃機の約3分の1にあたると主張した。他方、米紙ニューヨーク・タイムズは2日、ウクライナの特殊部隊が6機のTu95爆撃機、4機のTu22M3爆撃機及び1機のA50早期警戒管制機を破壊または損傷させた可能性が高いと特定した上で、最大20機のロシア戦略航空機を破壊したか、深刻な損傷を与えた可能性があると報道した。英紙フィナンシャルタイムズは3日、ロシアの運用可能な長距離航空機の約20%であることを、複数のアナリストの見解として紹介している。いずれにしても、破壊された爆撃機は冷戦時代から使用されていた古い機種であり、もはやロシアで生産されていないことからも、現在のウクライナにとって戦況を覆すことはできないものの、ロシア軍の攻撃力が今後長期間にわたり低下することは確実である。
これらの爆撃機は核兵器も搭載可能とされており、米中の核戦力バランスへの影響が懸念される。しかし、ロシアの核弾頭実戦配備数1718発のうち、航空機搭載は全体の12%(200発)であり、他のICBM (大陸間弾道ミサイル) 51%(878発)、 SLBM (潜水艦発射弾道ミサイル) 37%(640発)に比べて比重は大きくない。もちろん核戦力3本柱の一つに手を付けたという意味は大きいが、核投射戦力数的にはロシアの核戦力体制に致命的な影響を与えることはないものと推測できる1。
停戦交渉前日に示した政治意志
本作戦は時期的に、ウクライナ、ロシア両国代表団がトルコのイスタンブールにおいて停戦交渉を予定していた前日に行われたものである。停戦交渉における降伏要求には屈しないという、ウクライナの政治意志を示したと言えよう。特に、今回の攻撃に使用されたドローンは全てウクライナ国産であり、西側の兵器に頼らずとも、ロシア奥地に対して反撃できる能力も示している。

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