「シルク・ハットをかぶった番人が、いつもいかめしい制服姿で立っていて、いかにもビクトリア王朝時代をしのばせる。その横丁の中で、一番大きいと思われる建物は、ソ連の大使館であった」 松本俊一は、日ソ交渉の回想録をこのように書き出している。 一九五五年六月一日、ロンドンで始まった日本の松本俊一全権大使とソ連のマリク駐英大使による日ソ国交回復交渉の予備交渉は、このソ連大使館で行なわれた。 松本に託された仕事は、在ソ抑留邦人の帰還、漁業問題などさまざまだったが、最大の課題は戦争状態の終結と国交回復、なかでも領土問題の解決だった。松本とマリクは、正式の平和条約締結によって、日ソ間の国交正常化をはかるという「正攻法」を取ることで合意した。マリクは戦時中、駐日大使を務めていた。
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