トランプ帝国主義に抗うインド

執筆者:中溝和弥 2026年2月24日
エリア: アジア 北米
モディ政権の「トランプ外し」外交と欧州のトランプ離れが、印米交渉の急展開に影響したと考えられる[トランプ米大統領(左)とモディ印首相(右)](C)AFP=時事
米国との相互関税をめぐる取引が、印パの軍事衝突を停戦に導いたのだとトランプ大統領は主張した。この「カシミールを国際問題化しない」というインドの大原則を無視した振る舞いは深い傷跡を残している。事実上のインド人追放措置になったH1-Bビザ取得問題ほか、トランプ政権下で繰り広げられる人種差別も根深い不信感を生むだろう。インド世論は「トランプ外し」外交を展開したモディ政権の強硬姿勢を支持しており、2月上旬の暫定貿易協定の成立後も印米関係は波乱含みだ。

 

インドとアメリカは和解したのか

 2026年2月7日、インドとアメリカは暫定貿易協定の成立を発表した。アメリカは昨年8月に、ロシア産原油の購入を理由とした制裁関税と相互関税を併せて50%の高関税をインドに課していたが、これが18%にまで引き下げられることとなった。代わりにインドは農産物を含むアメリカ産品の関税を撤廃もしくは引き下げ、併せて非関税障壁の撤廃へ向けて努力し、今後5年間で5000億ドル相当のアメリカ産品を購入する意向を表明した1

 すでに2月2日には両首脳がSNS上で合意の成立を発表していたため、暫定協定の発表自体に驚きはなかったが、注目すべきはその内容である。2月2日の時点でドナルド・トランプ米大統領は、インドがロシア産原油の購入を停止することに合意したと発表したが、暫定協定にはこの点は明示されていない。他方で、交渉を担当してきたピユーシュ・ゴヤル商工相が「重要な(sensitive)農産物は合意に含まれていない」と言明していたにも拘わらず2、「その他産品」という形でアメリカ農産物の輸入拡大の余地が残されている。この点を捉え、最大野党インド国民会議派は「インドに対する裏切り」でありトランプに屈したと強く非難し3、農民団体は商工相の辞任を求め、ナレンドラ・モディ首相に協定に署名しないことを要求する事態になっている4

 国内の反撥に加え、2月20日にアメリカ最高裁が国際緊急経済権限法に基づく相互関税を違憲としたことにより、暫定協定の行方は不透明感を増している。インド政府は、2月23日から予定されていた印米協定交渉団の訪米を延期することを発表した5。暫定協定が正式協定として成立するまでには時間がかかることが予想されるものの、昨年来顕著に悪化した両国関係はひとまず落ち着いたとはいえるであろう。

“停戦は相互関税で実現”に強い反撥

 そもそも、1991年の経済自由化以降、良好な関係を徐々に発展させてきた印米関係が悪化した要因は、トランプ帝国主義とモディ政権の強硬姿勢にある。「デモクラシーの帝国」を「捕食者の帝国」に転換したトランプ大統領は6、相互関税の導入、同盟国デンマークに対するグリーンランド割譲要求、石油利権を狙ったベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領拉致・拘束など捕食者ぶりをいかんなく発揮しているが、インドもその例外ではない。インドの場合、相互関税に加えて、ノーベル平和賞推薦というトランプ個人の野心が加わった。その野心がつけ込んだのが、モディ政権のテロに対する強硬姿勢であった。

 契機となったのは、昨年4月にインドのカシミール地方で起ったテロ事件に端を発するインド・パキスタン紛争である。風光明媚な観光地で26名が殺害された陰惨なテロ事件は、テロに対する強硬姿勢で権力を築いてきたモディ首相にパキスタン攻撃を決断させる。5月7日から始まったインドの攻撃から両国間の激しい戦闘に発展し、核戦争の危険性が垣間見えた5月10日に停戦が発表された。

 通常であれば、話はいったんここで終わる。しかし、

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
中溝和弥(なかみぞかずや) 京都大学 大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 グローバル地域研究専攻 教授。1970年生まれ。東京大学法学部卒業後、同大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。専門は南アジア地域研究、インド政治。著書に『インド 暴力と民主主義 一党優位支配の崩壊とアイデンティティの政治』(2012年、東京大学出版)がある。
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