インドとアメリカは和解したのか
2026年2月7日、インドとアメリカは暫定貿易協定の成立を発表した。アメリカは昨年8月に、ロシア産原油の購入を理由とした制裁関税と相互関税を併せて50%の高関税をインドに課していたが、これが18%にまで引き下げられることとなった。代わりにインドは農産物を含むアメリカ産品の関税を撤廃もしくは引き下げ、併せて非関税障壁の撤廃へ向けて努力し、今後5年間で5000億ドル相当のアメリカ産品を購入する意向を表明した1。
すでに2月2日には両首脳がSNS上で合意の成立を発表していたため、暫定協定の発表自体に驚きはなかったが、注目すべきはその内容である。2月2日の時点でドナルド・トランプ米大統領は、インドがロシア産原油の購入を停止することに合意したと発表したが、暫定協定にはこの点は明示されていない。他方で、交渉を担当してきたピユーシュ・ゴヤル商工相が「重要な(sensitive)農産物は合意に含まれていない」と言明していたにも拘わらず2、「その他産品」という形でアメリカ農産物の輸入拡大の余地が残されている。この点を捉え、最大野党インド国民会議派は「インドに対する裏切り」でありトランプに屈したと強く非難し3、農民団体は商工相の辞任を求め、ナレンドラ・モディ首相に協定に署名しないことを要求する事態になっている4。
国内の反撥に加え、2月20日にアメリカ最高裁が国際緊急経済権限法に基づく相互関税を違憲としたことにより、暫定協定の行方は不透明感を増している。インド政府は、2月23日から予定されていた印米協定交渉団の訪米を延期することを発表した5。暫定協定が正式協定として成立するまでには時間がかかることが予想されるものの、昨年来顕著に悪化した両国関係はひとまず落ち着いたとはいえるであろう。
“停戦は相互関税で実現”に強い反撥
そもそも、1991年の経済自由化以降、良好な関係を徐々に発展させてきた印米関係が悪化した要因は、トランプ帝国主義とモディ政権の強硬姿勢にある。「デモクラシーの帝国」を「捕食者の帝国」に転換したトランプ大統領は6、相互関税の導入、同盟国デンマークに対するグリーンランド割譲要求、石油利権を狙ったベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領拉致・拘束など捕食者ぶりをいかんなく発揮しているが、インドもその例外ではない。インドの場合、相互関税に加えて、ノーベル平和賞推薦というトランプ個人の野心が加わった。その野心がつけ込んだのが、モディ政権のテロに対する強硬姿勢であった。
契機となったのは、昨年4月にインドのカシミール地方で起ったテロ事件に端を発するインド・パキスタン紛争である。風光明媚な観光地で26名が殺害された陰惨なテロ事件は、テロに対する強硬姿勢で権力を築いてきたモディ首相にパキスタン攻撃を決断させる。5月7日から始まったインドの攻撃から両国間の激しい戦闘に発展し、核戦争の危険性が垣間見えた5月10日に停戦が発表された。
通常であれば、話はいったんここで終わる。しかし、
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