架け橋 近藤妙子『北京の三十年』

執筆者:船橋洋一 2002年6月号

 私が朝日新聞の特派員として北京に赴任したのは一九八〇年初めだった。中国人は外国人記者と話すことを怖がり、要人にインタビューが取れても型どおりの答えしか返ってこない。改革・開放が始まったと言っても、中国社会の「内部」は深い帳に閉ざされていた。それでも、社会の襞に触れたと感じたのが、その年の五月、北京西郊の八宝山霊場で行なわれた「王和成同志」の追悼式に招かれたときだった。その日は、中国の党・政府首脳全員が出席して劉少奇前国家主席の追悼会が北京・人民大会堂で営まれた日だった。 文化大革命中、日本人妻を持ったために「日本の特務」「反革命分子」の烙印を押され、迫害され、山西省の監獄で死んだ中国人医師の「平反昭雪」(名誉回復)の儀式である。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
船橋洋一(ふなばしよういち) アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒。1968年、朝日新聞社入社。朝日新聞社北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、2007年から2010年12月まで朝日新聞社主筆。米ハーバード大学ニーメンフェロー(1975-76年)、米国際経済研究所客員研究員(1987年)、慶應義塾大学法学博士号取得(1992年)、米コロンビア大学ドナルド・キーン・フェロー(2003年)、米ブルッキングズ研究所特別招聘スカラー(2005-06年)。2013年まで国際危機グループ(ICG)執行理事を務め、現在は、英国際問題戦略研究所(IISS)Advisory Council、三極委員会(Trilateral Commission)のメンバーである。2011年9月に日本再建イニシアティブを設立し、2016年、世界の最も優れたアジア報道に対して与えられる米スタンフォード大アジア太平洋研究所(APARC)のショレンスタイン・ジャーナリズム賞を日本人として初めて受賞。近著に『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』(文藝春秋)、『自由主義の危機: 国際秩序と日本』(共著/東洋経済新報社)、『地経学とは何か』(文春新書)、『カウントダウン・メルトダウン』(第44回大宅賞受賞作/文春文庫)など著書多数。
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