日露平和条約交渉破綻:北方領土「唯一の好機」だった「1992年」の敗因

執筆者:名越健郎 2022年3月30日
エリア: アジア ヨーロッパ
1993年10月、訪日して細川護熙首相(右=当時)と「東京宣言」に署名するエリツィン露大統領(左)。だがこの時すでに好機は過ぎ去っていた (C)時事
ソ連が崩壊し、新生ロシアが誕生した当時、日本は世界のGDPの16%を占める「冷戦の勝者」だった。日本の援助に期待が高まり、ボリス・エリツィンは「北方領土問題を必ず解決する」と公言していた。この千載一遇の好機を、日本外務省はいかなる論理と態度で見逃したか。

 ロシア外務省が3月21日、日本との平和条約交渉を拒否し、ビザなし交流の停止も通告したことで、ソ連崩壊後30年にわたった日露交渉は事実上破綻した。

 日本はロシアのウクライナ侵攻を受け、欧米と連携して強力な経済制裁を発動しており、ロシアが反発して交渉を拒否する展開は十分予想できた。これにより、ウラジーミル・プーチン政権が続く限り、領土交渉は不可能になり、日本側は対露戦略を再構築する必要がある。

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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