「アリペイ」草創期を支えたエンジニアが日本に移住して挑む「Web3」ビジネス――中国「ミレニアル世代」の肖像

執筆者:夏目英男 2022年5月5日
エリア: アジア
日本での夢を語る郭宇氏(写真全て郭宇氏提供)
世界最大のユニコーン企業「バイトダンス社」の草創期をエンジニアとして支えた後に28歳で早期退職し、中国のSNSで大きな話題を呼んだ郭宇氏。インターネット市場の次のトレンド「Web3」は、中国では規制の壁にも直面する。日本ではSaaSやスタートアップにおける可能性に期待するという。(この記事の前編「28歳で世界最大のユニコーンからFIRE、中国全土で話題になったエンジニアが観る未来――中国「ミレニアル世代」の肖像」はこちらからお読みいただけます)

――中国のIT産業を観察してきた郭さんは、今後のインターネット業界の発展についてどのようにお考えですか?

 今の状況について、一概に申し上げにくいのですが、ここ数ヶ月 中国の株式は暴落しており、中でもIT企業株の下落が目立ちます。これには複雑な要素が絡み合って影響しているものだと考えますが、主に2年前、米国証券取引委員会(SEC)が発表した「外国企業説明責任法」(HFCAA)の解決案が未だ見出せていないこと、そしてロシアとウクライナの戦争が大きく影響しているものだと思います。

筆者注:「外国企業説明責任法」(HFCAA)
 外国企業説明責任法は、2020年12月18日に米国で上場する外国企業の会計監査に求める条項を既存の法律に追加する形で成立。HFCAAにおいて定められた要件を3年連続で達成できない外国企業の株式は、米国の証券市場での取引が禁じられる。中でも、外国企業に対する情報開示義務は中国企業に特化した内容であり、外国政府の所有権、支配権の有無、取締役会において中国共産党メンバーの有無、会社の定款に中国共産党規約の内容が含まれているかどうかなどが審査される。

 まず、HFCAAについてはここ2年間、中国の証券取引委員会が積極的にSECと対話を繰り返し、中国国内では前向きに検討を進めているとの報道が出ていますが、具体的な法律や条例は未だ発表されていません。これほどの長期戦になるとは欧米を中心とした投資家のみならず、中国国内の投資家も思わなかったはずです。そしてロシア・ウクライナ戦争が、そこに追い討ちをかけました。もちろん、これは中国市場のみならず、全世界の株式市場に甚大な影響を及ぼしていますが、前述の影響もあり、中国のIT企業株は壊滅的なダメージを受けています。

 現在中国の株式市場にとって必要なのは、投資家からの信頼だと思います。前述のHFCAAや、戦争、そしてFRB(米連邦準備理事会)の金利引き上げなど中国の株式にとって悪材料がそろい踏みの状態になっています。ただし、ここで注意していただきたいのは外部環境の変化はあったものの、中国大手IT企業の収益力には特に影響を及ぼしていないこと。短期的に株価が戻ることはないものの、行き過ぎた下落に調整が入るのも時間の問題だと思います。

 そしてマクロ環境については、2016年以降、中国におけるモバイルインターネット市場のチャンスは著しく減少したと思います。僕が2013年、北京でスタートアップに携わった頃はまさに全盛期で、街中にスタートアップの活気があふれていました。中国は2010年代に、モバイルインターネットユーザーがわずか数年で4.5億人から倍増する経験をしました。2021年時点では9.8億人に達しています。この急速に発展した市場は、多くのユニコーンを世に送り出しましたが、今ではインターネットボーナスの時代は過ぎ去り、新参者にはあまりチャンスは残っていないのではないでしょうか。

 代わりに盛り上がりを見せているのがWeb3の業界でしょう。多くの資本がこの領域に流れ込み、起業家がネクストトレンドであることを認識しているのですが、中国では規制されている。今後、中国がどのようにこの業界と向き合うかは要チェックだと思います。

筆者注:Web3
 従来のインターネット業界は、プラットフォーマーがクリエイターやコントリビューターではなく株主に利益を還元し、ユーザーのデータを抱え込むことによって市場を独占する中央集権的なアプローチ(Web2)が中心だった。これに対してWeb3は、ブロックチェーンの技術を用いて特定のサービスやプラットフォーム、会社に依存しない分散型のインターネットを実現した時代を指す。

日本のスタートアップ市場、そしてSaaSの潜在力

――郭さんが日本で取り組まれているのもWeb3関連の事業ですね。なぜ日本でこれを創業しようと思ったのですか。

 僕が今取り組んでいるプロジェクトは二つあります。一つはCodeforDAOというデべロッパーコミュニティとオンラインインキュベーターです。このDAO(Decentralized Autonomous Organization)、すなわち自立分散型組織においては、開発者が自分のDAOを設立し、コミュニティ上に存在するインセンティブ設計や、投資、NFT(非代替性トークン)メンバーシップなどといったコントラクトのモジュールを利用できます。そういった環境を整備することで開発者を支援しています。

 そしてもう一つのプロジェクトが、Checks FinanceというWeb3領域におけるSaaS(Software as a Service)のサービスです。街の商業店舗向けにNFT化した会員証やポイント制度を提供し、ゆくゆくはアプリ化も目指しています。

 前者はグローバルプロジェクトで、特にどこかの国にターゲットを絞ったわけではありません。Web3の思想としても、“Day 1 Global”を大事にしているので、こちらはリリースした直後から全世界で利用できるサービスです。後者は、日本をターゲットとしたプロダクトです。日本に住んでいるからこそ、日本に何かしら貢献するような事業を作りたいと思っています。

 僕はこれまで日本で働いた経験はないのですが、日本の商業環境はとても整っています。SaaSに対する“Willingness to Pay”(支払意思額)も高く、コロナ下でオンライン決済手段が大きく普及したため、スタートアップとしても今がチャンスだと感じています。

 僕は2011年、アリペイに在籍していた頃から中国モバイルインターネットの発展を経験しました。オンライン決済手段の普及により、中国のインターネットサービスが急速に発展し、EC(電子商取引)からデリバリーまで、全て金融インフラが整ったおかげでこれらの産業が急速な発展を遂げたのです。これからその時代が日本にも訪れる気がします。

「横たわり」蔓延論が見落とすもの

――私自身もスタートアップ業界に在籍しているので、その波を感じます。最後の質問ですが、郭さんから見て今後の中国はどのように発展していきますか? そして日中関係への展望について教えてください。

 まず、短期的に中国の発展について考えると、依然としてゼロコロナ政策が国の主な方針となるため、他国との交流が再開するにはまだ時間がかかると思います。コロナ禍初期には、中国の政策は功を奏し、どの国よりも真っ先に経済が回復しましたが、2年経った今、中国国内の消費も落ち込み始め、2020年に提起された経済内循環も成立しなくなってきています。これほど厳しいゼロコロナ政策を敷いてきた中国が、急な方針転換をすることはないので、どのように経済の下支えをするのか、またコロナ政策が緩和されるのかが注目となります。

 そして、冒頭でお話しした中国のインターネット業界についても、市場は今明確なシグナルを待っている状態です。すでにインターネットボーナスが尽きた中で、今後どのような発展を遂げるのかは政府の鶴の一声にかかっているとも言えます。

筆者注:3月16日に中国の劉鶴副首相は国務院金融安定発展委員会を主催し、不動産業界やIT企業の規制に対して方向性を出し、HFCAAの審査に対してはSECと前向きに検討を進め、具体的なプランまで落とし込んでいるとの報道が出た。

 中国の若者に関して、一部報道では横たわりが蔓延しているという内容が散見されますが、中国は未だ発展途上国です。この国はすでに到来している「中所得国の罠」を乗り越えていません 。もちろん、14億人を擁する中国を一概に評価することはできませんが、少なくとも僕が見てきた中国の若者はどんな環境下でもひたむきに努力している人が多くいると思います。

 最後に、今後の日中関係について、僕自身はよくなって欲しいとは思います。ただし、前述のとおり、ゼロコロナ政策によって交流、特に民間交流が遮断されている中で、双方のコミュニケーションを進めるのはとても難しいと思います。そういった意味でも、コロナ後の交流に期待したいと思います。

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執筆者プロフィール
夏目英男 1995年、東京生まれ。両親の仕事の関係で5歳で北京移住。2017年清華大学法学院及び経済管理学院(ダブルディグリー)を卒業。2019年、同大学院公共管理学院(公共政策大学院)卒業後に帰国。日本の政府機関で日本と中国をつなぐ事業に従事する傍ら、中国の若者トレンドやチャイナテックなどについての記事を執筆。現在、日本の独立系ベンチャーキャピタルにてスタートアップへの投資や、投資先の支援業務などを行う。著書に『清華大生が見た最先端社会、中国のリアル』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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