より自律的に、地政学的に目覚める欧州(2022年3・4月-3)

欧州にとって価値を共有するパートナーはこれまで以上に重要になる(共同記者会見に臨む岸田文雄首相[右]とドイツのオラフ・ショルツ首相=4月28日)  (C)時事
独外交政策協会(DGAP)は、ウクライナ戦争が欧州の安全保障秩序の転換点となると論じている。EUの「戦略的自律」志向、ドイツの安全保障フリーライド、エネルギーのロシア依存など、様々な課題が地政学的な観点から捉え直されるのは確実だ。そしていずれにせよ、新たな欧州はかつての米ソ対立の舞台という位置づけ以上に、大きな役割を担うことになるだろう。(こちらの第2部から続きます)

5.ヨーロッパの役割の拡大

■ヨーロッパの「地政学的な覚醒」を左右するドイツ

 ウクライナ戦争によって、ヨーロッパの安全保障秩序も巨大な影響を受けることになる。具体的にどのような変化が見られるようになるのだろうか。

   ドイツのシンクタンク、独外交政策協会(DGAP)の複数の研究員によりまとめられた論考では、今回のウクライナ戦争が欧州安全保障秩序の「転換点」になり、巨大な地殻変動をもたらすと論じる[DGAP Policy Brief, “Zeitenwende für Europas Sicherheitsordnung(欧州の安全保障秩序の転換点)”, DGAP, April 7, 2022]。その場合にこれからヨーロッパがロシアに対して、「対立」、「共存」、「協力」という3つの選択肢が考えられると論じる。

   他方で、今後のヨーロッパの安全保障政策を考える上で、「強いヨーロッパ」を前提に考えていかなければならなくなるだろう。またそれを実現するためには、アメリカ、カナダ、日本、オーストラリアなど、民主主義や自由、法の支配というような価値を共有するパートナーが不可欠となる。欧州の安全保障秩序や、ドイツの安全保障政策が本当に「転換」していくのかどうかは、今後数年間でどの程度、ヨーロッパが自己決定権を確立できるかによる、と論じる。

   ジャーマン・マーシャル基金のフェローであるアレクサンドラ・デ・ホープスケファーゲシーヌ・ウェバーの2人は、「平和プロジェクト」としてのEUの将来像にとって、今回のウクライナ戦争が「地政学的な覚醒」の契機になるとして、以下のように論じている[Alexandra de Hoop Scheffer and Gesine Weber, “Russia’s War on Ukraine: the EU’s Geopolitical Awakening(ロシアの対ウクライナ戦争―EUの地政学的覚醒)”, The German Marshall Fund of the United States, March 8, 2022]。

   EUはいまや、地政学上のチェスボードの重要な安全保障アクターとなった。EU加盟各国は防衛費を増額し、EUは通常型およびハイブリッド型の脅威に対応できるよう強化しつつある。また同時に、アメリカは自国が直接ヨーロッパの安全保障問題に関与するよりも、むしろヨーロッパのパートナー諸国自らの責任を持った対応を求めている。こうしたことが、ウクライナ戦争によって明らかになったと言うのである。

   またアレクサンドラ・デ・ホープスケファーは、フランスの『ルモンド』紙に寄せた論考では、今回のウクライナ戦争でNATOは「集団防衛」へ原点回帰し、近年EUが目指していたような「戦略的自律」の志向性は遠のくだろうとも述べている。EUが独自の防衛産業を育成することも、優先順位が低下するだろう。この戦争でヨーロッパが「バランシング」を実行するのは難しく、その役割はトルコやイスラエル、中国が担うことになるとする[Alexandra de Hoop Scheffer, “La défense collective est dorénavant au premier plan de l’OTAN(集団防衛は今やNATOの最重要課題である)”, Le Monde, March 29, 2022]。

 ヨーロッパの安全保障秩序が「転換」して、より自律的なアクターとして「地政学的な覚醒」を起こす中で、最も重要な役割を担うのはドイツであろう。

   そのドイツの元駐米大使および駐英大使を務め、現在はミュンヘン安全保障会議の議長を務めるウォルフガング・イッシンガーは、2月27日にオラフ・ショルツ首相が行った新しい政策の発表が、戦後ドイツで「神聖視」されてきたこれまでの考え方を覆す歴史的な決断であったと高く評価する[Wolfgang Ischinger, “Wolfgang Ischinger argues that Germany has entered a new era(ドイツは新たな時代に突入した)”, The Economist, March 3, 2022]。

   実際、ドイツ統一が達成されてからは「これ以上の変化は望まない」というのがドイツ国民の一般的な考え方であった。そのような長い間固定されてきたドイツにおける基本的な対外態度が、ウクライナ戦争という危機に直面する中で鮮やかに転換しつつある。

   同様に、欧州外交評議会(ECFR)のフェローであるジョナサン・ハッケンブロイクマーク・レナードは、これまでパワー・ポリティクスを正面から取り入れた歴史を持たないドイツが、新しい政策を展開している様子を説明している[Jonathan Hackenbroich and Mark Leonard, “The birth of a geopolitical Germany(地政学的なドイツの誕生)”, European Council on Foreign Relations, February 28, 2022]。

   これまでは経済利益を優先し、安全保障面ではフリーライダーであったドイツは、そのような平和の追求、そして規範とルールの維持を求める従来の立場を転換する。おそらく、これまでとは異なるアプローチでその目標を実現しようとするであろう。ドイツが歴史的な桎梏から解放され、これまでの戦後外交の歩みに忠実であろうとすれば、逆説的に新たな変化を続けるしかない。その結果、われわれは「地政学的なドイツの誕生」を目撃することになるであろうと言うのである。

■仏大統領選で戦争に論点集中は「民主主義に負の影響」とも

   他方でフランスでは今年は大統領選挙が行われる年にあたり、4月10日に第1回投票が行われた。現職で中道左派のエマニュエル・マクロン大統領と、極右政党国民連合の党首マリーヌ・ルペンが上位の2人となり、決選投票に進むことになった。ルペン候補は、父親で国民戦線の創始者ジャン=マリー・ルペンとの差別化を図り、中道路線を志向してより幅広い国民からの支持を得て大統領を目指している。

『フィガロ』紙とのインタビューにおいて、ルペン候補はウクライナ戦争についての意見を訊かれ、「非武装の民間人の虐殺は戦争犯罪だ」と述べ、「ウクライナの人々との連帯と難民を迎え入れたいという気持ち」を伝えている[Charles Sapin, Vincent Tremolet de Villers, “Marine Le Pen: ≪Je suis prête a gouverner≫(マリーヌ・ルペンー政権を握る準備はできている)”, Le Figaro, April 5, 2022]。

   もともとプーチン大統領との近い関係を批判されてきたルペン候補だが、可能な限り大統領選挙の過程ではロシアを批判して、そのようなイメージを払拭しようと努めている。

   このフランス大統領選について、『ルモンド』紙におけるアントワーヌ・ブリスティエールトリスタン・ゲラというグルノーブル政治学院で教鞭を執る2人の政治学者の論考は、戦争によって5年に一度の大統領選挙が低調となり、現職のマクロン大統領の下に支持が結集することが長期的にフランスの民主主義に負の影響を及ぼすと警鐘を鳴らす[Antoine Bristielle, Tristan Guerra, “Election présidentielle 2022 : ≪Une réélection à l’ombre d’un conflit pourrait saper la capacite du président a gouverner demain≫(2022年大統領選挙―紛争の陰での再選は大統領の明日の統治力を損ねるかもしれない)”, Le Monde, March 21, 2022]。その理由は、本来であれば国民的な討議や活発な論争が行われなければならない大統領選挙で、人々の関心がウクライナ戦争の帰趨に向かい、成熟したディベートが行われなくなったからだと言う。その結果、マクロン大統領は決選投票で勝利を収めて再選を実現した。ウクライナ戦争の停戦やその後のヨーロッパの戦略的自律を考える上で、再選を経たマクロンはさらに重要な役割を担うかもしれない。

『ルモンド』紙では、ヨーロッパにおけるエネルギー政策の観点からも、ウクライナ戦争によって「新しい時代」がもたらされると論じている[Editorial, “Guerre en Ukraine : l’Europe face à une ≪nouvelle ère≫(ウクライナ戦争 ―欧州は「新しい時代」に直面している)”, Le Monde, March 12, 2022]。たとえば欧州委員会も、2022年中にロシアからの天然ガス輸入の3分の2を減らし、2027年までには依存を完全に脱するという方向を示している。エネルギー面でのロシアへの過度な依存こそが、これまでのロシアへの宥和政策に帰結したという反省がヨーロッパでは広く見られる。そして、原子力エネルギーの割合が大きく、ドイツほどエネルギーでのロシア依存が大きくはないフランスから、ロシアの天然資源に過度に依存した従来の政策を転換する必要が説かれているのは興味深い。

■エネルギー「脱ロシア」の必要性について広がる認識

   ロシアに対する経済制裁をより実効的なものとするためには、欧州諸国がエネルギー面でのロシア依存を脱却しなければならない。このことは、ようやく欧州諸国内で広く認識されるようになった。たとえば、フランスの元首相のフランソワ・オランドは、「プーチンを止めるには、プーチンからガスを買うのをやめるべきだ」と題する論考を『ルモンド』紙に掲載している[François Hollande, “François Hollande : ≪Pour arrêter Vladimir Poutine, arrêtons de lui acheter du gaz≫(プーチンを止めるには、プーチンからガスを買うのをやめるべきだ)”, Le Monde, March 7, 2022]。

   オランドは、プーチンが欧州諸国に圧力をかけ脅し続ける現状のなかで、化石燃料への依存を減らして原子力発電を活用することが、ロシアからの影響を被る領域の縮小につながる。ロシアの天然ガスへの依存度が低いフランスこそが、ロシアへの政策で主導権を握ることができると論じている。

   欧州諸国のエネルギー面でのロシアへの依存を減らしていくことは、国際経済の構造を大きく転換することへと繋がるであろう。アメリカのピーターソン国際研究所の所長であるアダム・ポーゼンは、「グローバリゼーションの終焉?」と題する『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄せた論考の中で、ウクライナ侵攻の影響から国際経済は大きく転換し従来のグローバル経済が弱体化していくと予測する[Adam S. Posen, “The End of Globalization? What Russia’s War in Ukraine Means for the World Economy(グローバリゼーションの終焉?―ロシアによるウクライナ侵攻が世界経済にもたらす影響)”, Foreign Affairs, March 17, 2022]。

   その結果として世界経済は、中国中心のブロック、アメリカ中心のブロック、そしてそれと半分は重なっている欧州のブロックという3つのブロックへと分裂していくであろう。経済のグローバル化を完全に止めることはできないとはいえ、民主主義諸国間での連携を強めていくことで死活的に重要な利益を守ることができるであろうと見ているのだ。

   このように、ロシアによるウクライナの侵略は、ヨーロッパの秩序を経済面、軍事面、政治面で大きく変容させていくだろう。そして、冷戦時代にヨーロッパが米ソ対立の舞台になったときとは異なり、ヨーロッパはより大きな役割を担い、より自律的な決定を行うことが重要となっていく。 (続く)

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)
米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)について:https://apinitiative.org/
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