深層レポート 日本の政治 (234)

与野党より「岸田・安倍」の火花が散る参院選

2022年6月29日
エリア: アジア
参院選が公示され、福島産の果物や野菜を背に演説する岸田文雄首相=22日、福島市(C)時事
 
かねて防衛政策や財政政策での路線対立が指摘されてきた岸田首相と安倍氏だが、その関係は防衛次官人事を巡って急速に冷え込み、参院選後の政局まで懸念される事態に。

 参院選(7月10日投開票)の選挙戦がスタートしたが、本来の与野党対決より、自民党内の軋轢に注目が集まっている。党内最大派閥の安倍派を率いる安倍晋三元首相が、街頭演説などで岸田文雄首相を盛んに牽制しているのだ。2人は6月の防衛事務次官人事を巡り激しく火花を散らしたばかり。党内では選挙後の政局を危ぶむ声も聞こえる。

岸田首相が不快感を示した安倍氏の牽制

「選挙の後の臨時国会で、経済を『V字回復』させることも見据え、ポストコロナの時代に日本がしっかりと欧米のように反転攻勢に出られるような成長可能な補正予算を組んでいくべきだ」

 安倍氏は6月23日、新潟県で行った街頭演説で、秋の臨時国会では大型の経済対策となる2022年度第2次補正予算案を編成するよう主張。ロシアのウクライナ侵攻を受けた防衛費の増額も、「予算で国家意思を示していくべきだ」と言及し、来年度予算からの大幅増を確保するよう訴えた。

 経済対策や防衛費増の必要性は岸田首相も認めているところだが、問題はその進め方だ。

 安倍氏は党内で、大幅な財政出動により経済成長を優先する「積極財政派」を束ねており、大規模な先行投資をしきりに訴える。一方、首相は、政府の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の2025年度黒字化目標を重視する財政再建派として知られ、安倍氏の言動に「予算額ありきでは不必要な支出が増えてしまう」と不満を漏らしてきた。

 岸田首相は防衛費の増額では「まず、何が必要か『内容』を吟味したうえで、それに必要な『予算』を算定し、『財源』を考える。三位一体で進めなければならない」と繰り返し訴えている。参院選での安倍氏の演説内容も耳に入っており、周囲に「国債をさらに積み増してでも、まずは大胆な金額を確保しろという、俺たちへの牽制だろう」と語り、不快感を隠さない。

防衛事務次官人事を巡る衝突

 参院選の公示直前に2人の緊張が一気に高まったのが、防衛事務次官人事を巡る衝突だった。

 政府は6月17日、防衛省の島田和久事務次官を退任させ、後任に鈴木敦夫防衛装備庁長官を充てる人事を決めたが、これが安倍氏の逆鱗に触れたのだ。

 島田氏は安倍政権下で6年半首相秘書官を務め、次官就任後は安倍氏が目指してきた防衛費の対国内総生産(GDP)比2%以上の水準達成に向け、霞が関や自民党内をくまなく回って環境整備を進めてきた。

「GDP比2%以上」を達成するには、年間5兆円程度の防衛費を倍増させなければならず、財務省などは反対姿勢を貫いてきたが、今年2月にロシアがウクライナに侵攻したことを機に、島田氏らは集中的にロビー活動を展開。その成果が実り、政府が6月にまとめた経済財政運営の指針「骨太の方針」には、防衛費について「5年以内」を念頭にGDP比2%以上の水準達成を目指すと明記された。

 今後は、政府が年末までに改定する外交・安全保障の指針「国家安全保障戦略」など「戦略3文書」にどう盛り込むかが焦点となる。

 しかし岸田首相はその矢先、島田氏が他の省庁で次官交代の目安とされる在任2年目を迎えたことから、交代を決断した。

 安倍氏は、「2年は慣例に過ぎず、有能であれば長く担務させるのが当たり前だ」などと官邸側に抗議したという。実際、現在国家安全保障局(NSS)局長を務める秋葉剛男氏は、安倍・菅政権下で3年半も外務事務次官を務めた。

 後任となる鈴木氏が島田氏と入省同期で、次官になれない防衛省幹部の「上がりポスト」とされる防衛装備庁長官を務めていたことが安倍氏の怒りをかきたてたうえに、安倍派の松野博一官房長官が安倍氏に事前に報告しなかったことも、その怒りを増幅させた。

 安倍氏は松野氏に電話で抗議したが、のらりくらりと釈明しつつ、方針を一切変えない様子に「不愉快だ!」と怒鳴って切ったという。また、安倍氏は「GDP比2%達成を従前のシナリオ通りに進ませないための次官交代劇だ」と周囲に怒りをぶちまけた。

取り付く島を与えなかった岸田首相

 島田氏の交代劇は、省庁幹部の最高ポストとなる官房副長官の栗生俊一氏が立案したとされるが、栗生氏は首相や松野氏らごく一部の官邸幹部に了承を取っただけで、事前に幅広く根回しをした形跡はない。

 ただ、岸田首相も安倍氏の反発は織り込み済みだったようで、怒りの声を人づてに聞いても「方針を一切変える必要はない」と涼しい顔をしたという。

 岸田首相は、通常国会の閉会翌日となる6月16日、「国会閉会のあいさつだ」として衆院議員会館の安倍氏の個人事務所に自ら出向き、島田氏の人事を説明した。関係者によると、首相は「もう決まってしまった。他の省庁も通常は2年で次官が交代している」などと淡々と通告しただけで、安倍氏には取り付く島を与えなかった。

参院選後の焦点は人事

 参院選後、岸田首相と安倍氏の対立は戦略3文書の改定作業や来年度予算編成の過程で一層緊迫することが予想される。

 首相は党内第4勢力の宏池会(岸田派)出身で党内基盤が弱いだけに、側近の岸田派中堅には「参院選まではひたすら我慢だ」と語り、表立って争うことは避けてきた。ただ、参院選に勝てば、衆院解散をしない限り大型国政選挙を3年間経験せずに済む「黄金の3年間」を手にする。内閣支持率が高い現状を踏まえれば「岸田降ろし」が起きる可能性は低く、人事権を一手に握る首相の求心力が高まるのは間違いない。

「安倍さんはちょっとやりすぎだよ」

 岸田首相は6月下旬、ごく親しい側近議員にこう漏らした。

 参院選で勢いに乗れば、防衛費や予算編成などで自身の意向をより強く反映させるのは間違いない。9月にも行う予定の内閣改造・党役員人事も同様だろう。

 安倍氏は「派閥の規模に見合ったポストを得なければならない」として、現在安倍派が持つ4つの閣僚枠を増やすことなどを求める考えだ。しかし首相側は、「参院選まで岸田派幹部の処遇を控えていた」(同派関係者)として、「岸田カラー」をより重視した人事を行う構えだ。

 首相は強気の姿勢を崩さないが、一寸先は闇なのが永田町だ。不満をためた安倍氏側が政局を仕掛ける可能性もゼロではない。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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