ウクライナの内なる戦い「汚職対策」の現在:限定的な反汚職政策から「摘発」へ

執筆者:石川雄介 2023年2月20日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
ゼレンスキー大統領は汚職対策を公約に掲げて当選した(C)Alexandros Michailidis/shutterstock.com
ティモシェンコ大統領府長官の解任を始め、ゼレンスキー政権は1月下旬から大規模な綱紀粛正に乗り出している。依然として深刻な汚職レベルにあるものの、その対策が「摘発」という段階に進めば、EU加盟など将来の国家再建に向けても重要な一歩が刻まれる。

   1月31日、トランスペアレンシー・インターナショナルは、各国の公的機関がどれくらい腐敗していると専門家に認識されているかを示す指標である「腐敗認識指数」(Corruption Perceptions Index)の最新結果を公表した。

   2022年のウクライナの点数は100点中33点(スコアが高いほど汚職が少ないことを意味する)。インドネシアやボスニア・ヘルツェゴビナ(34点)に次ぎ、フィリピンと同じ数値となった。

   10年前の2012年のウクライナの同指標では26点/100点であり、ロシア(28点:2022年の数値も28点)よりも汚職が深刻であったことを踏まえると、一定の改善は成し遂げたといえる。2014年ごろから改善傾向は続いており、戦争下でもスコアを落とすことはなかった。

   実際、前述のトランスペアレンシー・インターナショナルは、最新版の汚職認識指数についての分析レポートにおいて、「戦時下のウクライナは、重要な改善を見せた数少ない国の一つである」と比較的高い評価を下している。この傾向は他の指標でも現れており、各国の腐敗の度合いを公共セクター、行政、体制(政治家)、司法の4領域に分けて測定しているV-Demの指標において、ウクライナはそれぞれの領域で改善傾向を示している。

   ウクライナにおける汚職の深刻さはしばしば指摘されるところであり、欧州国家の中で最も汚職が深刻な国家の一つであることは間違いないものの、ウクライナで汚職対策が徐々に進んでいることもまた事実である。いったい何がウクライナの腐敗退治を推し進めているのであろうか。

   ウクライナの2010年代からの改革を概観すると、2014年のクリミア併合以後、安全保障上のリスクが顕在化したことにより、透明性の確保といった広い意味での汚職対策から汚職取締機関の設立まで腐敗撲滅に向けた取り組みが少しずつ進んだことが見えてくる。ゼレンスキー政権の発足やウクライナ戦争の勃発はこの流れをさらに加速させた。同時にこのことは、今年G7の議長国を務める日本にとって、ウクライナのさらなる汚職削減の支援を議論する必要性も示している。

クリミア併合の衝撃:安全保障の基盤も損ねた汚職

   かねてよりウクライナの汚職は欧州の中でも最も深刻であるとされてきた。政府中枢では政府高官と富を独占してきた新興財閥であるオリガルヒとの癒着が激しく、国家を私物化して食い荒らしていた。また、官僚機構での汚職も蔓延しており、たとえば警官の取り締まりや病院・公務員試験においては賄賂が横行。さらには、大学において学位や授業の金銭による売買が行われるなど、ウクライナで起こる汚職の例は枚挙にいとまがない。

   軍需品の調達も例外ではなかった。

   2014年にクリミアがロシアにより占領された際、ウクライナ軍はロシアを止めることができなかったが、その理由の一つとして汚職の蔓延が挙げられている。例えば、カーネギー国際平和基金でシニア・アソシエイトを務めたことがあるSarah Chayesは、軍関係者の証言をもとに2014年以前の防衛分野での賄賂や不正の横行の深刻さを以下のように示した。

「司令官たちは、『軍の設備、インフラ、[…]人員を使って、民家を建てたり、アパートを修理したりする』ようになった。調達における不正、陸軍士官学校への入学や卒業、望ましい配属のための賄賂も横行していた。」1

   ウクライナでの深刻な腐敗は同国の安全保障の基盤を損ねた。時代遅れの装備品の不当に高い金額での売り買いは、同国の軍事力における備えを妨げる一因となり、調達における不正は、装甲車やヘリコプターなどの装備品の燃料や部品の不足につながり、ウクライナ軍による装備品の効率的な運用を阻害してきた。

   言い換えれば、クリミア併合という「大きな犠牲を伴う教訓」2を通じて、ウクライナは汚職が単なる国内政治問題ではなく安全保障上のリスクであることを強く認識させられた。以降、ウクライナ政府は国内の汚職との対決姿勢を打ち出した。ロシアとの「外なる戦い」と同時に、汚職という見えない敵との「内なる戦い」が幕を開けたのである。

ポロシェンコ政権「国家汚職対策局」の直面した限界

   2014年以降、情報の透明化を図るべく、重要な公的地位を有する者(politically exposed persons:PEPs)を始めとしたデータベースの作成にも取り組んだだけではなく、実質的所有者(Beneficial Owner)に関する情報の報告制度を世界で初めて整えるなどの先駆的な改革も実施された。

   さらには、ProZorroという電子調達システムも整備された。マイダン革命が起こった直後に市民のボランティアによって立ち上げられた電子調達システムは、ボランティアのコーディネーターであったOleksandr Starodubtsevがウクライナ政府の経済発展貿易省・公共調達部のトップとして招き入れられるなど、好意的に政府に受け入れられた。立ち上げからわずか1年半後の2015年12月には、電子調達システムに関する法律という、国としての法的なお墨付きも獲得した。

   一方で、ポロシェンコ政権が2014年に汚職の捜査を行うための専門機関として設立した国家汚職対策局(NABU: National Anti-corruption Bureau of Ukraine)は、在任期間中にこれといった成果を上げることはなかった。政府のインセンティブが低く、オリガルヒによる反発も根強かったからである。

   ウクライナに限った話ではないが、汚職取締機関(Anti-Corruption Agency: ACA)は、国際機関やドナー国からの要求により設立され、当事国の政権がその機関を維持するインセンティブが低いことから、十分な予算や権限をもらえないという状態に陥りがちである3。ウクライナも同様に、EU(欧州連合)とのビザの緩和要件を満たすために設立されたNABUへの政権の意欲は高くなく、組織の整備や汚職疑惑の捜査は遅々として進まず、主要な役職には政権に近い人々が任命され、しばしば権限の縮小の危機にさらされた4。オリガルヒによる反発も大きかった。これまで築き上げてきた既得権益を守るために、オリガルヒは自らの非公式なネットワークを通じて政治家へ働きかけ、政府のさらなる反汚職改革を妨げる要因の一つとなった5

   政権の意欲の低さとオリガルヒからの反発は、ウクライナで最も腐敗している政府機関であった司法制度の改革においてもみられた。司法制度の改革が進んだことにより、(透明性の高まりにも拘らず)汚職の取り締まりが進まず、司法府内の汚職も解決しないという悪循環に陥っていた。

   以上の通り、当時の汚職対策は、透明性を含めた広い意味での汚職対策に関わる改革は行ったものの、汚職の取り締まりや司法改革といった政権やその周辺に多大に影響がある改革には踏み込むことができなかった。オリガルヒを始めとした旧ソ連時代からの負の遺産に鋭いメスを入れるような改革は、ゼレンスキー政権を待つこととなる。

オリガルヒとの対決を打ち出したゼレンスキー政権

   2019年のウクライナ大統領選挙にて、ゼレンスキー政権は汚職対策を公約に掲げて当選した。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、「春が来れば逮捕者が出る (Spring Comes, Arrests Follow)」といったスローガンを掲げ、ポロシェンコ政権においてあまり触れてこなかった汚職対策にも着手した。

   たとえば、ゼレンスキー大統領は2021年に「オリガルヒがいない国を作る」と述べるなど、オリガルヒとの対決姿勢を明確にし、「脱オリガルヒ」法を制定することによりオリガルヒによる政党への寄付を禁止した。防衛分野においても改革が実施され、政府と国営防衛コンツェルン「ウクルオボロンプロム」に加えて、NAKO(独立反汚職委員会)を始めとしたNGOが一堂に会して防衛産業の汚職削減についての建設的な議論をする場も設けられた。

   そして、2022年2月、ロシア・ウクライナ戦争が始まった。

   ロシアとの「外なる戦い」が文字通りの戦争となり、G7を始めとした西側諸国からの経済的・軍事的支援がウクライナという国の存続に不可欠となった。このことは、ウクライナ国内の汚職との「内なる戦い」をさらに進める必要を生じさせた。

   ゼレンスキー大統領は、ロシア・ウクライナ戦争が始まって以降、汚職の取り締まりや腐敗撲滅に向けた政策を矢継ぎ早に実施している。司法の腐敗のシンボルとされてきたキーウ地方行政裁判所の解散が決まったことは、1つの象徴的な事例であった。2023年に入ってから相次いでいるウクライナ政府高官への汚職疑惑の発覚とそれに対する捜査もその一環であろう。今後のそうした捜査がどのように進展するかやどの程度厳しい判決が出るかにはよるものの、これまでの「汚職の機会の削減」を中心とした反汚職政策6から「汚職の摘発」という次の段階に本格的に進んでいるという可能性を秘めているのではないか。

   もっとも、依然として(ロシアを除いた)欧州国家の中で最も深刻な汚職レベルにあることに変わりはないし7、彼らが当初思い描いたジョージアのような成功体験は成し遂げられていない8

   また、司法制度を始めとして改革が十分ではない分野も残っている。たとえば、昨年末にウクライナ憲法裁判所に関する新たな法律がウクライナ議会を通過した際には、ヴェニス委員会(「法による民主主義のための欧州委員会」)によって裁判官の選考過程において政治的な影響を依然として排除できないという懸念が示されたが、現時点でウクライナ政府による追加の対応はなされていない。

   ウクライナ在住のジャーナリストVeronika Melkozerovaが表現した通り、現在のウクライナの汚職対策について評価を下すとするのであれば、「2歩前進・1歩後退」の汚職対策という評価になるのであろう9

日本の役割:汚職削減をG7の議題に

   ウクライナの汚職は国内の政治問題であり、ロシアによるウクライナ侵攻を正当化する理由とはなりえない。今年開催されるG7サミットにおいて議長国を務める日本には、欧米諸国と連携しウクライナへの支援を続けながら、汚職削減を議題として取り上げ、ウクライナの腐敗撲滅についてもさらなる支援策を探ることが期待されているのではないか。

   ウクライナは昨年6月にEUの「加盟候補国」として認められているが、加盟条件の1つとして汚職の削減が大きな鍵となっている。前述の憲法裁判所裁判官の選考過程における政治的な影響の排除など、EUやNATO(北大西洋条約機構)からさらなる対策を迫られている。

   一方で、現在のウクライナには汚職退治に必要な条件が比較的多く揃っている10。市民ボランティアやNGOはポロシェンコ政権時代から存在感を示しており、電子調達システムProZorroを始めとして政府によって制度が取り入れられたという経験も持つ。そして何より、ゼレンスキー大統領による汚職との闘いに関するコミットメントがあることは重要である。国際機関やNGOは汚職削減を手助けすることはできても、当事国政府の改革意欲とサポートがなければその国の抜本的な汚職対策はなかなか進まない11

   また、国内アクター間の利害対立や政敵を排除するといった政治的な思惑により、汚職対策はしばしば政争の道具になることがあるが、ウクライナにおいてロシアという共有の敵の存在はウクライナ国内の主要アクターの利害をある程度一致させ、汚職対策が政治問題化(politicization)することを防いでいるという側面もあるのではないか。その意味では、ウクライナのロシアとの戦争が続いている今の段階からさらなる透明性の確保や汚職の摘発、そして司法制度の改革といった政策について、いかに日本を含めた国際社会がウクライナに対して要求し、その改革を支援できるかということが重要となってくる。

   2016年5月のG7伊勢志摩サミットにおいて安倍晋三首相(当時)は、それに先立ってロンドンで開かれた腐敗対策サミット、および同年3月のOECD外国公務員贈賄防止条約閣僚級会合の流れを受けて、「腐敗と戦うためのG7の行動」をまとめ上げた。ロシアのウクライナ侵略が始まった後、G7を中心とした西側諸国と迅速に連携しながら経済制裁を実施した岸田文雄政権は、EUやNATOからの要求が強まるウクライナを中心とした汚職対策支援においても具体的な支援策を策定することができるのか。

   議長国としての岸田首相のリーダーシップは汚職対策支援においても問われている。

 

1]Sarah Chayes,“How Corruption Guts Militaries: The Ukraine Case Study,” Defence One, May 16, 2014, https://www.defenseone.com/ideas/2014/05/how-corruption-guts-militaries-ukraine-case-study/84646/

2]Oksana Huss,“Accomplishing the Impossible: How Ukraine Advanced Anti-Corruption Reforms in Defense & Security,” Corruption, Justice and Legitimacy Program (CJL), May 2, 2022, https://www.corruptionjusticeandlegitimacy.org/post/accomplishing-the-impossible-how-ukraine-advanced-anti-corruption-reforms-in-defense-security

3]外山文子、小山田英治(編著)『東南アジアにおける汚職取締の政治学』(晃洋書房、2022年、第1~2章)

4]Transparency International Ukraine,“CPI-2014,”December 3, 2014, https://ti-ukraine.org/en/research/cpi-2014/;

Transparency International Ukraine,“Corruption Perception Index 2019,”January 23, 2020,

https://ti-ukraine.org/en/research/corruption-perceptions-index-2019/

5]Nick Fenton and Andrew Lohsen,“Corruption and Private Sector Investment in Ukraine’s Reconstruction,”Center for Strategic and International Studies, November 8, 2022, https://www.csis.org/analysis/corruption-and-private-sector-investment-ukraines-reconstruction

6]John Lough and Vladimir Dubrovskiy,“Are Ukraine’s Anti-corruption Reforms Working?,”Chatham House, November 2018, https://www.chathamhouse.org/sites/default/files/publications/research/2018-11-19-ukraine-anti-corruption-reforms-lough-dubrovskiy.pdf

7]前述の腐敗認識指数の数値による。なお、欧州連合(EU)加盟国の中では、ハンガリーがこれまで最下位であったブルガリアに抜かれ最下位となった(ハンガリー:42点、ブルガリア:43点)。

8]ジョージアは腐敗認識指数において2000年代当初に133位まで下落したこともあったが、2004年にミヘイル・サーカシヴィリ大統領が政権について以降、エリートの汚職など一部を除けば劇的な改善を見せており、2022年の数値では41位にランクされている。同国の反汚職政策については、例えば以下を参照のこと:Alexandre Kukhianidze, “Corruption and organized crime in Georgia before and after the ‘Rose Revolution’.” Central Asian Survey 28, no. 2 (2009): 215-234.

9]Veronika Melkozerova,“Ukraine takes two steps forward, one step back in anti-corruption fight,”Politico, December 26, 2022,

https://www.politico.eu/article/ukraine-takes-two-steps-forward-one-step-back-in-anti-corruption-fight-constitutional-court-reform/

10]この点については例えば小山田英治『開発と汚職』(明石書店、2019年)を参照のこと。

11]Serena Verdenicci and Dan Hough, “People power and anti-corruption; demystifying citizen-centred approaches.” Crime, Law and Social Change 64 (2015): 23-35.

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
石川雄介(いしかわゆうすけ) 公益財団法人国際文化会館 アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)/地経学研究所 研究員補。1995年名古屋生まれ。明治大学政治経済学部卒、英国サセックス大学大学院修士課程(汚職とガバナンス専攻)修了、ハンガリー・オーストリア中央ヨーロッパ大学大学院修士課程(政治学)修了。トランスパレンシー・インターナショナルのハンガリー支部でのリサーチインターン、APIでのインターン(福島10年検証プロジェクト)及びリサーチ・アシスタント(CPTPP・検証安倍政権プロジェクト)等を経て現職。専門は、ヨーロッパ比較政治、現代日本政治、政策過程論、ガバナンス、教育と政治、反汚職政策。
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