
「イスラエル外交の年」となった2020年から2年以上を経て、イスラエルを取り巻く状況は大きく変わっている。対内的にはベンヤミン・ネタニヤフ首相が進める司法改革案をめぐって大規模な抗議活動が展開され、対外的にはネタニヤフ政権内の極右閣僚の「神殿の丘」訪問や「パレスチナ人など存在しない」といった過激発言などによって、欧米諸国やアラブ諸国から批判を招いている。
国内外の厳しい逆風のなか、イスラエルにとって貴重な資産になっているのが東地中海沖のリヴァイアサンガス田である。2030年までに大規模なガス生産能力の拡張を目指すこのガス田は、ロシアのウクライナ侵攻以降、新たな天然ガス供給源を探す欧州諸国の注目を集めているほか、地域諸国からの企業参画やガス輸出などを通じて、イスラエルの地域外交上の重要なツールになっている。
しかし、こうした外交とエネルギーとの連関は今に始まったものではない。「イスラエル外交の年」から現在に至るまで、エネルギーはイスラエルの地域外交の重要な構成要素になってきたと言える。
本稿では、この2年間でイスラエルのエネルギー外交がどのように展開されてきたのかを分析し、同国がエネルギー市場、地域の経済協力に及ぼす影響について検討する。
1. 「イスラエル外交の年」とエネルギーの連関
イスラエルは2019年から2020年にかけて二つの大きな外交成果をあげた。一つは2019年1月にエジプト・ギリシャ・キプロスなどの東地中海諸国とともに「東地中海ガスフォーラム」を非公式に形成し、2020年9月に正式な政府間組織として発足させたこと、そしてもう一つは2020年8月にUAE(アラブ首長国連邦)との国交正常化合意、いわゆる「アブラハム合意」を打ち立てたことである。イスラエルの外交専門家は、これらをイスラエルの地域内での脅威であるイランとトルコに対する、1950年代に展開した対アラブ諸国戦略と同様の、近隣諸国による包囲網を形成する試みであると評価している。
これらの華々しい外交成果を具体的な協力として実現していく段階で、イスラエルと東地中海諸国、湾岸アラブ諸国とのエネルギー事業での協力が浮上してきた。東地中海諸国との間ではエネルギー協力がまさにトルコに対する包囲網を体現する「東地中海ガスフォーラム」を結び付ける要となり、他方で湾岸アラブ諸国との間では、イスラエルは特にUAEとの具体的な協力を深化させるために、エネルギー分野での様々な協力案件を追求してきた。
第一に、「東地中海ガスフォーラム」では、イスラエルのリヴァイアサンガス田からギリシャのクレタ島を経由して欧州に向かう「東地中海ガスパイプライン」構想が検討された。このパイプラインは全長1,900キロメートル、建設コストは60億ユーロ以上に及び、ロシア・ドイツ間をつなぐノルドストリームに匹敵する規模の事業になることが想定されている。他方、輸出能力はノルドストリーム(55bcm(10億立方メートル))の半分にも満たない11〜20bcmになると予定されており、その経済的な実現可能性には疑念を抱かざるをえない。それにもかかわらず、この取り組みは「東地中海ガスフォーラム」を体現する事業として検討され、欧米諸国の資金的・外交的な後押しを受け、対トルコ包囲網の中核をなしてきた。
第二に、湾岸アラブ諸国、特にUAEとの関係では、「アブラハム合意」下での様々な協力分野の一つにエネルギー分野が取り上げられた。二国間の具体的な協力案件として、イスラエル国内を通過するパイプラインを利用し、スエズ運河を迂回する形でUAEの原油を欧州市場に届ける計画や、両国にヨルダンを含めた「水・エネルギー交換(water for energy)」事業などが検討された[1]。後者の事業は、UAEの再エネ企業マスダールがヨルダンに建設した太陽光発電所から「クリーン」な電力をイスラエルに供給し、その代わりにイスラエルから水不足に苦しむヨルダンに淡水を提供するという試みである。イスラエルは大産油ガス国であるUAEとの間で、両国のエネルギー分野での可能性を広げる事業を模索してきたのである。
以上のようにイスラエルと関係諸国を結び付けてきたエネルギー分野での協力は、イスラエルを取り巻く国際環境が変容する中、イスラエル最大のエネルギー資産である東地中海ガス田を中心として、徐々にその形を変えつつある。……

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