湾岸アラブ諸国は「水素外交」の布石着々――サウジ・UAEの再エネ「ナショナル・チャンピオン」企業が持つ戦略性

執筆者:豊田耕平 2024年12月17日
タグ: 脱炭素
エリア: 中東
ハリーファ大統領の死去にあたって弔問に訪れたウズベキスタンのミルジヨエフ大統領(中央左)。UAEの再エネ事業者マスダールは、中央アジアを「拡張可能な市場」の一つに位置づけ新規開発を進めている。中央右はUAEのジャーベル産業・先端技術大臣兼アブダビ国営石油会社CEO。同氏はマスダールの会長でもある[2022年5月15日、UAE・アブダビ](C)AFP=時事
サウジアラビアで2004年に設立されたアクワ・パワー、UAEで2006年に設立されたマスダールは、それぞれ両国のエネルギー産業を支配するサウジアラムコ・ADNOCと密接な協力体制の中に組み込まれてきた。再生可能エネルギー開発をリードする「ナショナル・チャンピオン」は、将来のエネルギー市場を開拓する「供給国としてのエネルギー安全保障(demand security)」の先兵という役割を担っている。近年、両社に特に顕著なのは、中央アジアやアフリカにおけるグリーン水素事業への進出だ。外国企業が参入して資源開発を行う「アリーナ」として重視された湾岸アラブ諸国は、いまや「プレイヤー」として国際エネルギー市場に台頭している。

 フォーサイトに執筆した過去2回の拙稿では、サウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)の国際的なLNG戦略国内ガス資源の活用手段について分析してきた。天然ガスに関する取り組みはカーボンニュートラルの潮流によって変化する両国のエネルギー戦略を理解するうえで不可欠な要素であるが、これらに加えて、彼らにとってより革新的な取り組みについても検討を加えなければならない。再生可能エネルギーとグリーン水素の開発である。

 サウジアラビアとUAEによる再生可能エネルギー開発に向けた取り組みは、2000年代の急速な経済成長によるエネルギー需要の増大を背景に進められてきた。これらの課題は現在も両国を悩ませており、2023年時点の国内ガス需要はサウジアラビアが世界第6位、UAEが10位と、いずれも産油ガス国であるとともに世界有数のエネルギー消費国となっている。しかし2010年代後半ごろから、両国企業は国内のみならず海外でも再生可能エネルギーやグリーン水素の開発を加速させている。これらの取り組みは国内需要の増大という要因では説明することができず、両国のエネルギー戦略における全く新たな試みであるということができる。

 では、サウジアラビアとUAEはなぜ、どのように再生可能エネルギーとグリーン水素の海外展開を進めており、その動きは国際エネルギー市場にどのような影響をもたらすのか。本稿では、まず2000年代から進むサウジアラビア・UAEの再生可能エネルギー開発の主体である「ナショナル・チャンピオン」企業について説明する。次に、これら企業による海外での再生可能エネルギー開発とその先にある「水素外交」の動きとその要因について検討する。そのうえで、湾岸産油国の新たな試みを踏まえた日本など消費国との協力可能性について展望する。

1. 政府系ファンドを介した石油ガス事業と密接な結びつき

 再生可能エネルギーの豊富なポテンシャルを有する中東地域において、とりわけサウジアラビアとUAEは再生可能エネルギー電力容量を急拡大することに成功してきた。この背景には、再生可能エネルギー分野で国家を代表する企業、つまり「ナショナル・チャンピオン」の存在がある。サウジアラビアでは2004年に設立された電力・水事業者のアクワ・パワーが、UAEでは2006年に地域初の再生可能エネルギー事業者として設立されたマスダールが、「ナショナル・チャンピオン」として両国の再生可能エネルギー開発をリードしている。

 これらの企業の活動は、図1・2から分かるように、政府系ファンドを介して両国の主要な資金源である石油ガス事業と密接に結びついている。アクワ・パワーは公共投資ファンド(PIF)が主導する再生可能エネルギー開発計画の実施主体として、2018年から2020年にかけてPIFによる段階的な株式買収の対象となってきた。さらにPIF総裁であるヤーセル・ルメイヤーン氏が2019年9月にサウジアラムコ会長に就任し、2022年からPIFがサウジアラムコの株式取得を進めたことで、PIFを軸としたエネルギー産業の連携が強化されてきた。

 またマスダールは政府系ファンドであるムバダラの子会社として運営されてきたが、2022年12月にはマスダールの再生可能エネルギー部門とグリーン水素部門がそれぞれ、アブダビ国営石油会社(ADNOC)とアブダビ国営エネルギー会社(TAQA)の3社による分割保有の対象となった。エネルギートランジションに向けた国際的な潮流が加速するにつれて、「ナショナル・チャンピオン」の2社はいずれも伝統的に両国のエネルギー産業を支配してきたサウジアラムコ、ADNOCとの密接な協力体制に組み込まれてきたのである。

【図1】サウジアラビアのエネルギー事業体制 ※各社HPから筆者作成
【図2】UAEのエネルギー事業体制 ※各社HPから筆者作成

 

 国営石油会社と再生可能エネルギー分野の「ナショナル・チャンピオン」との連携は、双方の事業に対して利益を生み出す。

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執筆者プロフィール
豊田耕平(とよだこうへい) JOGMEC調査部/東京大学先端科学技術研究センター連携研究員。京都大学法学部卒業、東京大学公共政策大学院修了。2020年、(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(現エネルギー・金属鉱物資源機構、JOGMEC)入構、22年4月より現職。20年9月より東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)連携研究員を務める。「JOGMEC 石油・天然ガス資源情報」ウェブサイトにおいて、中東・北アフリカ地域のエネルギー情勢に関するレポートを公表している。
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