
フォーサイトに執筆した過去2回の拙稿では、サウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)の国際的なLNG戦略と国内ガス資源の活用手段について分析してきた。天然ガスに関する取り組みはカーボンニュートラルの潮流によって変化する両国のエネルギー戦略を理解するうえで不可欠な要素であるが、これらに加えて、彼らにとってより革新的な取り組みについても検討を加えなければならない。再生可能エネルギーとグリーン水素の開発である。
サウジアラビアとUAEによる再生可能エネルギー開発に向けた取り組みは、2000年代の急速な経済成長によるエネルギー需要の増大を背景に進められてきた。これらの課題は現在も両国を悩ませており、2023年時点の国内ガス需要はサウジアラビアが世界第6位、UAEが10位と、いずれも産油ガス国であるとともに世界有数のエネルギー消費国となっている。しかし2010年代後半ごろから、両国企業は国内のみならず海外でも再生可能エネルギーやグリーン水素の開発を加速させている。これらの取り組みは国内需要の増大という要因では説明することができず、両国のエネルギー戦略における全く新たな試みであるということができる。
では、サウジアラビアとUAEはなぜ、どのように再生可能エネルギーとグリーン水素の海外展開を進めており、その動きは国際エネルギー市場にどのような影響をもたらすのか。本稿では、まず2000年代から進むサウジアラビア・UAEの再生可能エネルギー開発の主体である「ナショナル・チャンピオン」企業について説明する。次に、これら企業による海外での再生可能エネルギー開発とその先にある「水素外交」の動きとその要因について検討する。そのうえで、湾岸産油国の新たな試みを踏まえた日本など消費国との協力可能性について展望する。
1. 政府系ファンドを介した石油ガス事業と密接な結びつき
再生可能エネルギーの豊富なポテンシャルを有する中東地域において、とりわけサウジアラビアとUAEは再生可能エネルギー電力容量を急拡大することに成功してきた。この背景には、再生可能エネルギー分野で国家を代表する企業、つまり「ナショナル・チャンピオン」の存在がある。サウジアラビアでは2004年に設立された電力・水事業者のアクワ・パワーが、UAEでは2006年に地域初の再生可能エネルギー事業者として設立されたマスダールが、「ナショナル・チャンピオン」として両国の再生可能エネルギー開発をリードしている。
これらの企業の活動は、図1・2から分かるように、政府系ファンドを介して両国の主要な資金源である石油ガス事業と密接に結びついている。アクワ・パワーは公共投資ファンド(PIF)が主導する再生可能エネルギー開発計画の実施主体として、2018年から2020年にかけてPIFによる段階的な株式買収の対象となってきた。さらにPIF総裁であるヤーセル・ルメイヤーン氏が2019年9月にサウジアラムコ会長に就任し、2022年からPIFがサウジアラムコの株式取得を進めたことで、PIFを軸としたエネルギー産業の連携が強化されてきた。
またマスダールは政府系ファンドであるムバダラの子会社として運営されてきたが、2022年12月にはマスダールの再生可能エネルギー部門とグリーン水素部門がそれぞれ、アブダビ国営石油会社(ADNOC)とアブダビ国営エネルギー会社(TAQA)の3社による分割保有の対象となった。エネルギートランジションに向けた国際的な潮流が加速するにつれて、「ナショナル・チャンピオン」の2社はいずれも伝統的に両国のエネルギー産業を支配してきたサウジアラムコ、ADNOCとの密接な協力体制に組み込まれてきたのである。
国営石油会社と再生可能エネルギー分野の「ナショナル・チャンピオン」との連携は、双方の事業に対して利益を生み出す。

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