サウジ・UAEの脱炭素目標「10年差」が示すエネルギー転換の戦略的差異:天然ガスの国内需要からLNG・水素輸出まで

執筆者:豊田耕平 2024年9月27日
タグ: 脱炭素
エリア: 中東
サウジアラビアの最優先課題は電力部門での石油から天然ガスへの燃料転換[ジャフラガス田のガス処理プラント建設契約に臨んだ現代建設、現代エンジニアリング、サウジアラムコのトップ。尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領(後列中央)も調印式に立ち会った=2023年10月23日、サウジアラビア・リヤド](C)EPA=時事
サウジアラビアの掲げる「ネットゼロ」の達成目標は2060年、UAEは2050年だ。ともにエネルギー転換の主軸に天然ガスを位置付けており、シェールガスやタイトサンドガスなどの開発・増産を目指すが、これによって追求するオプションは対照的だ。国内でのガス利用が進んでいないサウジはガス新規開発で原油の国内消費を低減し、より多くを輸出に回す従来型利益を追求する。一方、すでに電源構成のほぼ100%を天然ガスに頼るUAEは、代替エネルギー開発と国内ガス増産が余剰ガスをLNGやブルーアンモニア・水素として輸出することに直結する。この時間感覚における差異が国家目標の10年差に結びついているだろう。

 サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)による「ネットゼロ」目標の発表から3年が経過しようとしている。産油国である彼らのこれまでの取り組みは、アブダビ国営石油会社(ADNOC)のスルタン・ジャーベルCEOのCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)議長就任劇やサウジアラビアの未来都市NEOMでの大規模グリーン水素製造プラント計画など、常にその真意や実現性が論争の的となってきた。しかしその中で、湾岸諸国の化石燃料生産を支えてきた両国の国営石油会社(NOC)がネットゼロに向けて着実に進めているのが、天然ガス資源の開発・生産である。

 天然ガスは石炭・石油よりも温室効果ガスの排出量が少ない、再生可能エネルギー移行への「橋渡し燃料」として注目されているほか、炭素回収・貯留(CCS)技術と組み合わせることで脱炭素燃料の一つであるブルー水素の原料にもなる。サウジアラムコやADNOCは天然ガス増産に大規模投資することで、国内での発電利用から液化天然ガス(LNG)・ブルー水素の輸出まで、さまざまな利用オプションを開発している。

 本稿では、まずサウジアラビア・UAEにおける天然ガス不足の状況と、それを打開しようとする近年の国内非在来ガス開発を説明する。そのうえで、サウジアラビアとUAEが追求する異なるガス利用オプションが、それぞれのエネルギー政策に及ぼす影響を考察する。

1. 「非在来ガス」開発によるガス不足の打開

 ライス大学ベイカー公共政策研究所のジム・クレーン氏は2019年の著書『Energy Kingdoms(エネルギー王国)』(邦訳なし)において、天然ガスは「ハリウッドのスタントマンのように」、注目を浴びることは少ないが劇的な役割を果たしていると指摘した。天然ガスは湾岸諸国において、冷房・海水淡水化向けの発電需要を満たし、石油精製・石油化学に代表されるエネルギー集約型産業に原料を供給することで、急速に近代化する社会・産業を支える役割を担ってきた。

 しかし2000年代前後から、湾岸諸国で人口増加と経済成長が進むにつれて、伸び続けるガス需要に生産能力が追いつかない危機的状況が生じてきた。英エネルギー研究所の「世界エネルギー統計」によると、サウジアラビアの総エネルギー消費に占める天然ガスの割合は1970年の5.8%から急拡大してきたが、太陽光や風力などの代替エネルギー導入が近年までほとんど進展しなかったこともあり、1993年の37.9%をピークに概ね横ばいで推移している。またUAEでは2007年から現在まで、ドルフィン・ガスパイプラインを通じてカタールから消費量の10~20%相当量を輸入することで、国内生産量の不足を補っている。つまり、両国は世界有数の石油産出国でありながら、国内のエネルギー安全保障に苦慮してきたという、相反する側面をそなえているのである。

 
【図1】サウジアラビアとUAEの天然ガス利用状況
出所:英エネルギー研究所「世界エネルギー統計2024」から筆者作成

 

 この状況を打開するために近年両国が進めているのが、いわゆる「非在来ガス」の開発である。非在来ガスはシェールガスやタイトサンドガスなど、通常の油ガス田以外から高度な技術を用いて生産される天然ガスを指す。2000年代半ば以降の米国発の「シェール革命」によって知見を蓄積した欧米メジャーズや米国企業らと提携することにより、中東地域においても非在来ガス開発への取り組みが加速している。

 特に注目されるのが、サウジアラビアで開発が進んでいるジャフラ・シェールガス田である。サウジアラムコによると同ガス田の埋蔵量は推定229兆立方フィート(tcf)であり、同社保有の埋蔵量(207.5tcf)を上回っている。サウジアラムコはベーカーヒューズ(Baker Hughes)などの米国の油田サービス会社との提携を通じて開発を進め、2030年までにジャフラガス田から日量20億立方フィート(現生産量の18%程度)のガスを生産する予定である。サウジアラムコはこのジャフラガス田開発を中心に、既存油ガス田からガスを回収するガス処理プラントの能力拡張などを含めて、2030年までにガス生産量を2021年比で60%増加させることを目指している。

 他方で、UAEのADNOC幹部は2018年のアブダビ国際石油展示会議(ADIPEC)で「新統合ガス戦略」の詳細を発表し、天然ガスの自給自足を達成し、さらに2040年までLNG輸出を継続するという目標を掲げた。その後ADNOCは探鉱鉱区入札や探査プログラムに注力することで、2019年には160tcfの膨大な非在来ガス埋蔵量を発見したと報告している。同社は非在来ガスの他にも、硫黄分の多い「サワーガス」開発や生産油田内でガス分が遊離した「ガスキャップ」開発などを、高度な技術力を持つ欧米メジャーズとの提携で進めている。ADNOCはこれらのガス開発を通じて2030年までに日量30億立方フィート(現生産量の50%程度)を増産する予定である。

 ガス不足に悩んできたサウジアラビアとUAEにとって、天然ガスの増産がエネルギー政策にとってプラスになることは間違いない。では、両国は増加した天然ガス資源をどのように利用し、自国の利益に結びつけようとしているのだろうか。

カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
豊田耕平(とよだこうへい) JOGMEC調査部/東京大学先端科学技術研究センター連携研究員。京都大学法学部卒業、東京大学公共政策大学院修了。2020年、(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(現エネルギー・金属鉱物資源機構、JOGMEC)入構、22年4月より現職。20年9月より東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)連携研究員を務める。「JOGMEC 石油・天然ガス資源情報」ウェブサイトにおいて、中東・北アフリカ地域のエネルギー情勢に関するレポートを公表している。
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