「中東非産油国」の水素ポテンシャルを引き出す欧州:ただし、その関係は真に「互恵的」なのか

執筆者:豊田耕平 2024年2月27日
タグ: 脱炭素 EU
エリア: 中東
電力供給を輸入に頼るパレスチナでも太陽光発電の導入が進められてきた[ヨルダン渓谷北部の太陽光発電設備とパレスチナ人技術者=2022年6月30日、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区](C)Nasser Ishtayeh / SOPA Images/Si via Reuters Connect
再生可能エネルギーを使ったクリーンエネルギー開発は、中東に位置しながら化石資源に恵まれなかった国にも、豊富な日照量を生かしたグリーン水素製造という新たな可能性を拓いている。特にモロッコ、ヨルダン、トルコには、有望プロジェクトが少なくない。それらを金融や技術支援で、あるいは将来の買い手として後押しするのは欧州だが、一方でこの水素が仲立ちする関係は「新植民地主義」的な搾取に繋がる懸念もある。

 2023年12月13日、アラブ首相国連邦(UAE)で開催された国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)が幕を閉じた。開催国UAEの他、サウジアラビアやオマーンなどの湾岸産油国は近年、化石燃料とクリーンエネルギーとの双方向的なアクションを進めている。その代表的な取り組みが、再生可能エネルギーから製造する次世代燃料「グリーン水素」プロジェクトである。

 しかし、クリーンエネルギー開発を目指すのはUAEやサウジアラビアに代表される湾岸産油国のみではない。日照量が豊富な「サンベルト」と呼ばれる地域の一つである中東地域の優位性を活用し、中東非産油国がグリーン水素プロジェクトへ着手することで、新たなエネルギー生産国として台頭しようとしている。この底流にあるのは、気候変動対応に最も積極的な欧州諸国による支援や政策的措置の影響である。

 中東非産油国はクリーンエネルギー生産国としての新たな利益を得ることができるのか。本稿では、モロッコ、ヨルダン、トルコという三つの中東非産油国のグリーン水素への取り組みと、その背景にある欧州諸国との関係を分析することで、中東非産油国のグリーン水素プロジェクトに関する機会とリスクを考察する。

1. モロッコ・ヨルダン・トルコにおけるグリーン水素事業への意欲

 国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は2022年1月、『エネルギー転換の地政学:水素ファクター』と題する報告書を発表した。同報告書では、再生可能エネルギーの生産ポテンシャルの高い中東・北アフリカ地域は、2050年時点でのグリーン水素の低コスト生産能力がサブサハラ地域に次いで大きいと指摘している。同地域では2020年ごろから、湾岸産油国での低炭素水素1プロジェクトと並行して、モロッコやヨルダン、トルコなどのエネルギー輸入国でも水素生産に向けた取り組みが進んでいる。

 モロッコはUAEと並んで、中東・北アフリカ地域で最も早くからグリーン水素への取り組みを進めている国である。同国政府は2021年1月にグリーン水素ロードマップを策定し、太陽エネルギー・新エネルギー研究所(IRESEN)やムハンマド6世工科大学(UM6P)、国営リン鉱石公社(OCP)を中心とした研究開発を進めてきた。その後、2021年7月には、2026年までに年間18.3万トンのグリーンアンモニアを製造する「HEVOアンモニア・モロッコ」プロジェクトが立ち上げられ、2022年にはシェルやトタルエナジーズなどとグリーン水素生産に向けた協力合意を結んでいる。モロッコのグリーン水素への取り組みは、研究機関を中心とした技術開発やパイロット事業から商業的なプロジェクトへと向かい始めている。新たな水素パイプラインを活用したスペインへの水素輸出なども検討されていることから、本稿で取り上げる三カ国の中では、将来の水素生産国として最も期待されている。

 ヨルダンは中東で再生可能エネルギーの導入を最も進めてきた国の一つとして知られるが、昨年末のCOP28を機に将来のグリーン水素生産国としての注目を集め始めた。前回のCOP27ではデンマークの海運大手APモラー・マースクとのグリーン水素を原料とする船舶燃料の生産に関する合意のみにとどまったが、COP28ではUAEのマスダールやサウジアラビアのアクワパワーなどを中心に、国内外企業とグリーン水素・アンモニア生産に関する10以上の合意を締結することに成功した。ヨルダン政府は今後、2030年までに50~60万トンのグリーン水素生産を目指す国家水素戦略の発表を予定しており、より広く外国企業の関心を集めることを目指している。

 トルコは2053年カーボンニュートラル目標を掲げており、その重要な要素としてグリーン水素の導入を目指している。トルコ政府は2023年1月に「水素技術戦略とロードマップ」を公表し、グリーン水素生産に必要な合計容量70GWの電気分解装置を設置することを目指している。2022年2月にはトルコ北西部で国内初のグリーン水素プラントを設立することが発表された他、鉄鋼メーカーのトスヤル、石油精製会社トゥプラスなどは、自社工場においてグリーン水素生産に向けた太陽光パネルの設置を進めている。トルコでは政府主導の大規模事業などは現時点で計画されていないが、民間の製造業者らが自社製品の脱炭素化のためにグリーン水素の導入を目指している。

 以上のように、モロッコやヨルダン、トルコなどの中東非産油国では、事業の進捗や方向性に違いはあるものの、グリーン水素やその派生品を生産・輸出するための取り組みが進んでいる。

2. モロッコ・ヨルダン:欧州からのクリーンエネルギー支援

 グリーン水素生産は中東非産油国が新たなエネルギー生産国として台頭するための取り組みだが、三カ国は自国での石油・天然ガス開発や原子力発電所の建設などもエネルギー生産の選択肢として有している。にもかかわらず各国が再生可能エネルギーやグリーン水素の導入を進める背景には、欧州諸国からの支援や政策的措置の影響がある。……

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
豊田耕平(とよだこうへい) JOGMEC調査部/東京大学先端科学技術研究センター連携研究員。京都大学法学部卒業、東京大学公共政策大学院修了。2020年、(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(現エネルギー・金属鉱物資源機構、JOGMEC)入構、22年4月より現職。20年9月より東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)連携研究員を務める。「JOGMEC 石油・天然ガス資源情報」ウェブサイトにおいて、中東・北アフリカ地域のエネルギー情勢に関するレポートを公表している。
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