共済の監督指針違反、嘘をついてまで「自爆営業」を隠そうとしたJA福井県

執筆者:窪田新之助 2023年9月7日
タグ: 日本
エリア: アジア
「上司が部下にけしかけてくるんです。『どうするんだ、どうするんだ』って」―― 写真:筆者提供
共済のノルマをこなすため、JA職員が不必要な契約を結ぶことを迫られる「自爆営業」。農水省は監督を強化し、これを「不祥事件」と定めた。JA福井県(齊藤雅幸組合長)は、それに違反する事態が続いていることを、嘘をついてでも隠し通したかったようだ。(関連記事〈JA共済「自爆」営業、農水省監督指針改正でも「強要」変わらず〉はこちらからお読みいただけます)

 各地のJA(農業協同組合)職員が証言するところでは、自爆営業のために捨てる金は年間で数十万円は当たり前で、多い場合には数百万円に達している。JAが共済(保険)事業への依存度を高めるなか、ノルマも過大になる傾向にある。それを苦にして、離職する職員が後を絶たない。

 農林水産省は2023年1月27日にJA共済の監督指針を改正。職員や生計を同じにしている親族が契約した共済の保障内容が、その職員世帯の経済や家族構成などの状況に照らして行き過ぎたものであれば、それを「不必要な共済契約」と定めた。

 さらに「不必要な共済契約」の要因が次の三つのいずれか一つにでも当てはまる場合には、「不祥事件」として扱うことになった。すなわち職員が契約するに当たって、(1)上司から過度な圧力を受けた、(2)共済の営業に関する知識や経験に乏しいうえ、十分な教育や訓練を受けていなかった、(3)職員の意向を反映したように偽装された―――という三つである。

「把握していない」と回答したJA福井県

 ところが各地のJAの職員からは、監督指針の改正後も、この三つのいずれにも該当する事態が引き続き起きているという嘆き節が聞こえてくる。

 その一つこそ、JA福井県(福井市)だ。

 同JAで共済の営業を専門にする「LA(ライフアドバイザー)」と呼ばれる職種に就いている職員Aさんは筆者の取材に、「監督指針が改正されたけど、うちの農協はなにも変わっていないですね。ノルマを達成するため、上司が部下にけしかけてくるんです。『どうするんだ、どうするんだ』って」と明かした。

 筆者は、もう一人の職員Bさんからも証言を得て、『フォーサイト』(2023年8月22日付)でその詳細を報じた

 記事の掲載前には同JAに、監督指針に違反する事態が起きていることを確認すべく質問状を送っていた。

 同JAからは、8月8日付で次のような回答があった。

〈現時点において、該当する事案の発生については把握しておりませんが、今後そうした事実が判明した場合には、適切に対応してまいります。〉

ノルマ達成の強要は変わらず

 ところが当該記事が掲載された後、この回答が真っ赤な嘘であることを知らせる資料が筆者の手元に届いた。

 それは、同JAの労働組合であるJAユニオン福井が職員を対象に6月7日から23日にかけて実施した、職場環境に関するアンケートの結果である。

 内部で公開されたのは8月8日。これは、同JAが筆者に回答を送ってきたのと同じ日である。ただし、同JAの上層部はそれよりもずっと前にアンケートの結果の報告を受けていたという。

 この点は重要だ。というのも、じつはこのアンケートの結果には、同JAが筆者に送ってきた回答と異なり、自爆営業を強要されていることを訴える声が散見されるのだ。以下、いずれも原文ママで紹介していく。

〈LA全体の順位付けをし、下位30名を対象に研修という名の罰ゲームを科すというやり方は不正契約や無理な推進をしてしまう原因になりかねないのではないかと思う。精神的に苦痛で夜も仕事のことを考えてしまう。〉(30歳代)

〈奥越の一般職には、共済のノルマが一人これだけやってくださいというリストが出回っています。これは監督指針的にまずいのではないでしょうか。〉(30歳未満)

〈自爆推進(共済・経済等)は早急にやめるべき。〉(30歳未満)

〈自爆営業問題が取り沙汰される昨今、昨年の組合員アンケートに共済ノルマ、自爆との文言が散見され、自爆推進の調査をしてみてはと提案されているにも関わらす、何も対応しないJA福井県。春闘、夏期・冬期賞与に関する返答の際に「農業協同組合の使命とは何か」、「見合った職務を期待する」と発言している組合長を含めた役員こそ、職務上の使命を果たしているのか?手当、給与に見合った職務を実行しているのか問いたい〉(30歳未満) 

 いずれも、監督指針に違反する事態が起きていることを告白する、あるいはそれをほのめかす内容である。こうした職員の切実な声が事前に届いていたにもかかわらず、同JAは筆者への回答で素知らぬふりを装ったわけである。

 一連の事実について確認するため、JA福井県にあらためて質問状を送ったものの、

〈今後、そのような事案が発生した場合には適切に対応してまいります。〉

 という回答だけだった。

 なお同JAは、この質問状を受け取った直後、監督指針の改正内容を周知する文書を再び職員に配布している。

過大なノルマで離職者が急増

 ところでJA福井県のアンケートの結果からは、離職者が急増していることを心配する声も上がっている。とくに、20代から30代を中心に退職者が多いようだ。職員のBさんは、「多くは、過大なノルマを苦にしてのこと」と言い切る。

 その結果、同JAもまた慢性的な人員不足に陥っているようだ。アンケートの結果には、残る職員にしわ寄せが来ていることが赤裸々に記されている。

〈退職者が増える中で、職員の増員は無く、業務を分散することができず、できる人がとりあえず引継している状況です。どの業務もそうですが、担当者(1人)しかできない・わからない仕事も多いので、2人は担当をつけられるような人員配置をお願いしたいです。以上の理由があるので、長期休暇期はほぼ取れない環境。〉(30歳代)

〈人員が少なすぎて有休がとりにくいのが現状〉(40歳代)

〈支店として機能していくための人員があまりに少ないために、1名に負担が相当掛かっている。体制整備上も無理矢理当てはめているところがあり、人事のほうも把握されていないように思います。実務上、運営できるのか、早急に見直していかないと、退職者も出てきてしまうのではと不安です。このような環境下の店舗はあってはいけないし、早急に実態把握してほしい。休めなかったり、トイレや昼食が取りづらい職場はおかしいです。〉(40歳代)

トイレや休憩室は不足、サービス残業は常態化

 最後の回答には、組織としての体制が整備されていない問題も指摘されている。これは、JA福井県が2020年4月に福井県内の10のJAが合併して誕生したことと無関係ではない。

 同JAは合併により、組合員数が約10万人、職員数が約2000人という全国有数の大型農協になった。ところが、職員のAさんは「どの部署も人が押し込められているような感じで、手狭になっている」と打ち明ける。

 昨今のJAの合併は、経営危機にあるJAを救済することを目的とするのがほとんどで、しかも無計画のまま拙速になされることが多い。

 同JAもその例に漏れなかったのだろう。アンケートの結果からは、合併から3年以上が経ったというのに、職員が安心して業務に携われる体制がいまだに整っていないことを訴える声が並んでいる。

〈支店内が狭い。男更衣室が無、収納スペースが少なすぎる〉(40歳代)

〈食事をとる場所は職場机上じゃなく、場所が欲しい〉(40歳代)

〈昼休憩する場所がない。食堂がない。居場所がないため休憩時間も仕事することになる〉(50歳以降)

〈トイレの数を増やしてほしい〉(40歳代)

〈合併や統合が続いて管轄が広くなった分書類も増えているが、狭くて置き場がない。金庫にも入りきらない。〉(40歳代)

 とはいえ同JAには、職員のこうした声を受けて組織を作り直すにも経営体力に不安があるようだ。

〈節約・節電を徹底するようにと本店より指示があり、汗だくで仕事している。お客様も汗だく。〉(40歳代)

〈施設の老朽化により、故障や修理が多い。〉(50歳以降)

〈現在の収入では生活ができない。〉(30歳代)

〈全体としてサービス残業が横行している。残業申請をしたところ、厳しい口調で残業申請を取り下げるよう叱責された(強制された)。一度行政による立入検査をしてもらったほうがいい。〉(30歳未満)

 最後の声にもあるように、JA福井県は、残業が発生しないように各職場に厳命している。ある部署では、上司が勤怠管理システムを改竄(かいざん)してまで、部下の残業が皆無であるかのように見せかけているという。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
窪田新之助(くぼたしんのすけ) ジャーナリスト 1978年、福岡県生まれ。明治大学文学部を卒業後、日本農業新聞に入社。 記者として国内外で農政や農業生産の現場を取材し、2012年よりフリーに。2014年、米国務省の招待でカリフォルニア州などの農業現場を訪れる。 著書に『GDP4%の日本農業は自動車産業を超える』『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』(共に講談社+α新書)、『データ農業が日本を救う』(インターナショナル新書)、『農協の闇 』(講談社現代新書)、『誰が農業を殺すのか』(共著、新潮新書)、『人口減少時代の農業と食』 (ちくま新書)などがある。ご意見や情報のご提供は、以下のアドレスまでご連絡ください。shinkubo1207★gmail.com(★は@に書き換えてください)
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