
JA(農業協同組合)職員が共済(保険)事業の過大なノルマをこなすため、嫌々ながら不必要な契約を結ぶ「自爆」と呼ばれる営業。農林水産省はJA共済の運用に関する監督指針を改正して、それを「不祥事件」と定めた。ところが、上司から自爆を強要されているという声はいまだに消えていない。
職員の犠牲で成り立つ共済事業
「監督指針が改正されたけど、うちの農協はなにも変わっていないですね。ノルマを達成するため、上司が部下にけしかけてくるんです。『どうするんだ、どうするんだ』って」
こう打ち明けるのは、JA福井県(福井市)で共済の営業を専門にする「LA(ライフアドバイザー)」と呼ばれる職種に就いているAさんだ。
同JAは2020年4月、福井県内の10のJAが合併して誕生した。組合員数が約10万人、職員数が約2000人の大型農協である。
同JAの長期共済保有高は2兆5847億円 (2022年度実績)に及ぶ。ただ、これは顧客への地道な営業の成果であると評価するわけにはいかない。というのも、実際には多くの職員の犠牲によって出来上がったものであるからだ。
JAの共済のノルマをつくっているのは、JAグループの全国組織の一つである「全国共済農業協同組合連合会(JA共済連/東京都千代田区)」。名前の通り共済事業を専門にしており、共済商品の企画や開発などをする。有名女優をテレビCMに起用しているので、ご存じの方も少なくないだろう。
このJA共済連は営業のノルマを、各県本部を通じて各地のJAに割り振る。それが支店や部署を通じ、職員に降ってくる。
JA福井県もまた、支店や部署ごとにノルマを設定している。職種や経験年数などを踏まえて、職員にノルマを課す。
とはいえ職員はノルマが過大であることから、達成できないことがほとんどである。これまでは上司から強要されたり、同僚が当たり前に自爆したりするので、取り切れなかった分を自分や家族が契約することで穴埋めをしてきた。
それは、今年度に入っても変わらなかった。たとえばある職員は今年度に入り、7月末までが期日となっていたノルマを達成するためだけに、とある共済の契約を転換した。その結果、年間の掛け金は10倍近くに増えた。その差額は数十万円である。この職員は旧契約のままで十分な保障内容だと感じていたので、数十万円を無駄にしたことになる。数字をぼやかした表現にしたのは、Aさんの身元がばれるのを防ぐためである。
とくに自爆に悩むのは、ほかの職種より大きなノルマを課せられるLAだ。ほかの職種だと管理職でも1万ポイント(「ポイント」は営業目標。職位に応じて設定される) が上限なのに対し、LAは10万ポイントを軽く超越えてくる。経験年数が多いLAの場合には、最多で25万ポイントに達する。「LAになると、数十万円を自爆している人はざらにいる」(Aさん)。
しかも、LAが実際にこなさなければいけないノルマは、組織から個々に与えられた分だけにとどまらない。自身が在籍している支店全体のノルマが期日までに達成できそうにないと、LAがその責任を負わされることになる。冒頭の「どうするんだ、どうするんだ」という上司からの掛け声は、そんな時に職場に響いてきた。それは今年度も変わらなかった。……

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