オペレーションF[フォース] (42)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第42回

執筆者:真山仁 2023年12月9日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】都倉と野添を乗せた車は、政府中枢のある中南海へ。その一室で、華首相が「台湾の潜水艦は返還してもいい」と提案した。条件は日中安全保障条約締結への協力――。

 

Episode5 四面楚歌

 

6(承前)

 大学時代、華は「ひらめきの天才」とも言われていた。

 到底、思いつきとは思えないような戦略を、不意に考えつくのだ。しかも、実現性が高いものだった。

 その才能故に、彼は若くして首相にまで上り詰めたのだろう。

「そんな悪だくみを、思いつきで、考えられるなんて、さすがです」

「少しだけ補足すると、中日安全保障条約については、僕のライフワークの一つでね。君が、恩先生を偲ぶ会に出席すると聞いた時から、持ちかけるつもりだった。ところが、そこに思わぬ幸運が巡ってきた」

 事故を「幸運」と呼ぶあたりは、中国の傲慢な権力者の片鱗が覗いた。

「だから、有効活用しようと?」

「その通り。響子、悪い話ではないだろう」

 日本の政界は、こういうスタンドプレイを、極端に嫌う。そうでなくても、時に政権とは異なる持論を公にする都倉の行動を警戒する敵が大勢いる。

 そういうハレーションを脇にやれば、深刻な国際問題になりかねない事件を、一刻も早く収束できることは、たしかに「幸運」だった。

「日本の政治が面倒なのは、重々承知している。君のことを良く思わない守旧派が大勢いることもね。だから、当分の間、中日安全保障条約については、伏せてくれていい。僕は、君が誠実な人であると信じている。

 君がこの場で、条約締結の交渉実現を目指すと約束してくれるだけでいい。そして、日本国内の関係各方面に、時間をかけて根回ししてくれ」

 話がうますぎないか。

 いや、一見そう見えるが、こんな裏取引をしたが最後、中国政府側に大きな弱みを握られてしまう。

 彼らは、条約の提案は極秘に進めると「約束」しているが、政治の世界では「約束」とは交渉カードに過ぎない。それどころか、今回は「脅迫カード」に近い。

「もし、断ったらどうなるんですか?」

「我々は久しぶりの再会を楽しんで別れたというだけになる。もちろん、君もそこにいる親台派の元外交官も、無事に日本にお返しする」

 そして、自分は、日中友好復活のための貴重なチャンスを、フイにした政治家になる……。

カテゴリ: カルチャー
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top