
【前回まで】都倉響子を総理に――それがオペレーションFのラストミッションだった。総理就任を固辞する都倉を説得するため、周防は危険を承知で切り札を出す覚悟を固めた。
Episode7 独立独歩
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防衛省の記者会見場で待機している草刈の隣にいきなり大柄な男が腰を下ろした。
「東條さん!」
暁光新聞の伝説のスクープ記者、東條謙介[とうじょうけんすけ]、通称「闘犬」は、過去に3度、ペンの力で総理大臣を辞職に追い込んだと言われている。
関取と見まがうばかりの巨体に、脂ぎった顔、嫌みなほどの大阪弁。どんな手管を使うのか、日本中にディープスロート級の情報源を、無数に有しているらしい。
草刈は、社会部に在籍した経験はないが、同期が彼の秘蔵っ子つなので、二度ほど宴席に呼ばれたことがある。
「摂っちゃん、大臣は、暫く出てけえへん。ちょっと顔貸してくれるか」
「闘犬」に言われれば、「否」はない。草刈は、黙って巨体の後についた。
廊下に出ても、東條は足を止めない。そして、「使用中」と示されている会議室に、草刈を連れ込んだ。
室内には、髪を後ろで結んだ若い男が座っていた。
「細川君?」
東條直轄の調査報道セクションであるクロスボーダー・グループの若手、細川禅[ほそかわゆずる]だった。社内では、黒の上下ジャージ姿しか見たことがない。黒いスーツにネクタイまで締めているので、一瞬、見違えた。
「お疲れっす」
か細い声でつぶやき、細川は少しだけ頭を下げた。
「ゼンの隣に座ってくれるか」
いったい何が始まるのだろうか。
「自分、磯部と仲よかったやんな」
「大学のゼミの先輩後輩というだけですが」
「けど、以前に、磯部からレアなネタもろてたやろ」
そんなことまで知っているのかと驚きつつ頷いた。
「今回、磯部にぶつけて欲しいネタが、あんねん」
東條の合図で、細川がノートパソコンに準備していた動画を再生した。
真っ青な空が一面に広がっている。やがて小さな点が見えたかと思うと、みるみる大きくなっていく。その“物体”を中心に捉えたまま、カメラが急接近していった。
次の瞬間、火の球のようなものにカメラが衝突し、ブラックアウトした。
「巻き戻して、スローで見せますね」
コマ送りで見ると、火の球が拡大していくのがよくわかる。
「空に現れた点は、成層圏近くまで気球で持ち上げた後に発射した飛翔体、つまりミサイルです。成層圏からの落下による加速で熱を持ったため、燃えているように見えるんです」
珍しく細川が冗舌なのは、彼の専門分野だからだろう。東大で宇宙工学を学び、MIT(マサチューセッツ工科大学)に留学した後に、暁光新聞に中途で入った変わり種だと聞いている。
「カメラがずっとミサイルを中心に捉えていたのがお分かりでしょうか」
「で、最後は衝突したのよね?」
細川が少しだけ得意げな表情を見せた。
「これは、従来のレーダー技術とは、まったく発想の異なる高度な数学の方程式に基づく、画期的な迎撃レーダーなんです」
「いきなりで、何のことだか分からないんですが」
草刈は、いぶかしげに東條を見た。
「簡単に言えば、百発百中のレーダーシステムちゅうことや。日本のある研究者が開発して、既に完成してる。あとは本物のミサイルで実験してみて、迎撃ミサイルの弾頭に装着するだけや」
それが本当なら、すごい。
これまでに検討されてきた、有効性のあやしい防衛策など不要になる。
「けどな、前総理と前防衛大臣は、この技術を封印した」
「えっ! なぜですか。理解できません」
「俺もや。せやから、磯部に聞いてほしいねん。なんで、封印したんやって」

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