初のカトリック系首相が導く? 北アイルランド「非承認国家」としての繁栄への道

執筆者:国末憲人 2024年2月14日
オニール自治政府首席大臣(左)も「統合」の主張は控えめだ[スナク首相、クリス・ヒートン・ハリス北アイルランド担当相との会談に臨んだオニール氏とリトルペンゲリー副首席大臣(右)=2024年2月5日、北アイルランド・ベルファスト](C)REUTERS/Carrie Davenport
スナク首相が進めた北アイルランド議定書の見直しにより、ブレグジットでもつれた英-EU関係の象徴だった北アイルランドは、双方から経済的メリットを得る特異な地位を手に入れた。これを追い風に自治政府の麻痺状態も解消され、カトリック系シン・フェイン党の首席大臣(首相)が史上初めて誕生したが、同党の掲げるアイルランドとの統合はむしろ求心力を失っている。北アイルランドはいま、「英国でもありEUでもある」という「非承認国家」的なあり方を通じた繁栄の追求に舵を切っているようだ。

 英国残留をうたう多数派プロテスタント系による統治が100年以上前から続いてきた北アイルランドで、アイルランドとの統合を掲げる少数派カトリック系の首席大臣(首相)が初めて誕生した。地元議会で第一党となった「シン・フェイン党」の副党首ミシェル・オニールで、画期的な出来事だと受け止められている。ただ、これを機に南北アイルランド統合に拍車がかかるかというと、そう単純にはいかないようだ。北アイルランドはむしろ、いわゆる「非承認国家」に似た存在に近づいて、英国とアイルランド双方の利点を享受するようになるのではないか。すでにその兆候は現れ始めている。

父親はIRA活動家

 2月3日、首席大臣として活動を始めたオニールは、2人の子どもを持つ47歳の女性である。シン・フェイン党副党首だが、党首はアイルランドにいるため、北アイルランド側では名目上もトップにあたる。10代から政治活動に携わり、北アイルランド中部ダンガノンの市長などを経て2018年に副党首に就任し、2020年から2年あまりは副首席大臣を務めた。

「シン・フェイン党」はもともと、激しい武装闘争を展開してきたカトリック系組織「アイルランド共和軍」(IRA)の政治部門である。オニールの父はIRAの後継組織IRA暫定派の活動家であり、投獄もされた。叔父や従兄弟らも活動家として知られ、プロテスタント系側からオニール家は「IRA一家」と見なされる。ただ、ミシェル・オニール自身に活動経験はないという。

 1920年代初め、英国からアイルランド自由国(後のアイルランド共和国)が分離した際、アイルランド島の北東部だけ「北アイルランド」として英国に残留したのは、グレートブリテン島からの移民を先祖に持つプロテスタント系住民が多数を占めていたからだった。北アイルランドはその後、途中の英政府による直接統治期間を含め、一貫してプロテスタント系が統治してきた。一方、カトリック系の権利を守る活動の一部はIRAなどの武装闘争に発展し、地域は事実上の内戦状態に陥った。犠牲者数は約3600人にもなるといわれる。

 EU(欧州連合)の経済統合が進んだ1990年代には暴力も下火になり、98年に英国、アイルランド、北アイルランドの3者の間で和平「聖金曜日合意」が成立した。北アイルランド議会が創設され、同等の権限を持つ首席大臣(首相)と副首席大臣(副首相)の職をプロテスタント系とカトリック系が分け合う制度が発足した。議会第一党が出す首席大臣は、以後も多数派プロテスタント系が占めた。

 それが今回カトリック系に入れ替わったのは、一つには出生率の高いカトリック系の人口が増えたからだが、EUからの英国の離脱(ブレグジット)を巡る混乱も大きく作用している。

北アイルランドの中心都市ベルファストのプロテスタント地区とカトリック地区の間に立つ分離壁。一部では近年、様々な壁画が描かれ、訪れる観光客も多い[2019年、筆者撮影]

プロテスタント系DUPが採ってきた抵抗戦術

 2016年の国民投票でEU離脱を選択した英国では、19年に誕生したボリス・ジョンソン首班の政権が、その実現に突き進んだ。そこで最大の障害となったのが、事前にはあまり問題視されていなかった北アイルランドの処遇だった。……

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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