ロシア「新冷戦」の狙いと衝突する中国外交――熾烈な神経戦がアジアで続く

執筆者:宮本雄二 2024年7月24日
エリア: アジア
ロ朝が切ったカードに対し、中国は何らかの形で不快感を示すだろう[2024年6月19日、北朝鮮・平壌](C)EPA=時事/GAVRIIL GRIGOROV / SPUTNIK / KREMLIN POOL
ロシア・ウクライナ戦争に勝つ仕掛けを作らねばならないロシアは、東アジア情勢の緊張を高め、中ロ朝を一つの陣営とする「新冷戦構造」の形成を狙っている。だがそれは中国外交にとって、近隣諸国や欧州との関係を安定化し対米関係を有利に運ぶという大方針への戦略的挑戦にほかならない。ロシアと「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結した北朝鮮を筆頭に、プーチン大統領との首脳会談でロシアカードを中国に示してみせたベトナム、インドなど、アジア各国も強かな動きで呼応している。

 本年6月中旬のウラジーミル・プーチン大統領の北朝鮮およびベトナム訪問の動きは、中国とロシアの関係の複雑さと厳しさを外部から推測できる貴重な機会であった。世界は「民主主義対権威主義」「西側対中ロ」といった簡単な構図で進んでいるわけではないことが分かる。

 プーチンの最大の関心事項はロシア・ウクライナ戦争であり、ロシアが勝利したと国内的に説明出来る結論しか受け入れる気はない。負けたとなればプーチン政権も持たない。プーチンの外交的動きの最大の動機付けが、戦争に勝つ仕掛けの構築にあると見て間違いはない。それが本年6月中旬の北朝鮮およびベトナム訪問の動きとなるし、インドのナレンドラ・モディ首相の訪ロも、ロシア側の最大の動機付けはそこになる。

 だが、この外交劇の隠れた主役が中国であることも、また衆目の一致するところである。

 塩野七生氏は『ローマ人の物語』の中でジュリアス・シーザーの打つ手は、常に複数の目的を持っていたと叙述しているが、外交も同じだ。1つの動きは複数の狙いを持っているし、持たせるべきである。ロシアをめぐる各国の一連の動きは、ある意味で特定の条件下における通常の伝統的な外交に過ぎない。複雑に見えるが、当たり前のことを行っているだけだ。舞台に登場する、ロシア、北朝鮮、ベトナム、インドも、それを見守る中国も、そういう「外交」に習熟している。

 外交は心理戦でもある。多種多様な外交カードを使ってタイミング良く効果的な手を打ち、狙った方向に相手を動かす。だが、相手をいくら動揺させても、行動を伴う結果が付いてこなければ単なるパフォーマンスに過ぎず、その外交は成功とは言えない。やり過ぎれば逆効果となる。こういう外交的動きの一々の動きが何をもたらすのか、実際に何をもたらしたのかをしっかりと見極める必要がある。プーチンの北朝鮮、ベトナム訪問を例に、中国の視点も交えながら可能な限り複眼的に中ロ関係の分析を試みてみたい。

ロシア支援で傷ついた「欧州」という対米カード

 多くの識者が、中ロ関係は複雑な歴史的、地政学的な背景を持ち、一筋縄ではいかないと指摘してきた。その通りだが、2012年の習近平政権の登場とともに、中ロ関係は強化され、蜜月を演出する方向で進み始めた。とりわけ15年頃から米中関係の地政学的な対立が強く意識され始めると、その傾向はさらに強まった。

 だが22年2月のロシアによるウクライナ侵攻により、その中ロ蜜月関係の構図が軋み始めている。ロシア外交は、ロシア・ウクライナ戦争に勝つためにはなりふり構わず何でもする、に変わった。中国はといえば、22年10月の第20回党大会において対外政策の調整を行い、米国との衝突を避け関係改善を図り、対米関係を有利に進めるために欧州を取り込み、近隣諸国との関係を安定化させることにした。中国が生き残り、経済発展を続けるためのやむを得ない軌道修正であった。ここに両国の新たな摩擦の種が埋め込まれたのである。

 プーチンにとりロシア・ウクライナ戦争に対する中国からの支援は甚だ不十分なものに映る。自分が政治生命をかけて戦争を戦っているのに中国は冷たすぎるというのが偽らぬ気持ちであろう。プーチンの中国への不満は強いと見て良い。中国にさらに踏み込んだ対ロ支援に向かわせるにはどうしたら良いのか? ここにプーチンの思考は飛ぶ。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
宮本雄二(みやもとゆうじ) 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)理事長、日中友好会館会長代行。著書に『これから、中国とどう付き合うか』『激変ミャンマーを読み解く』『習近平の中国』『強硬外交を反省する中国』『日中の失敗の本質 新時代の中国との付き合い方』『2035年の中国―習近平路線は生き残るか―』などがある。
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